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「もう電車もないし、泊まっていってください」
麻耶が思い切ったことを言う。
「いや、しかし……」
「島田さんなら大丈夫。それにお互い大人なんですもん」
さらに際どいことを言う。
しかし大人の分別と解してリビングのソファーで寝ると申し出た。
「ソファーだなんて、どうぞ客間のベッドで寝てください。二階に上がって右。いや左ですから」
「麻耶くん、きみは?」
「姉の部屋で寝ます。わたし姉とは別々に暮らしてましたので、そうします」
「いっしょに住んでたんじゃないんだ」
「フフ、さっきも言いましたよ、もう忘れてる。お風呂沸かします、パジャマはゲスト用出しておきますから……」
そういうと麻耶は楽しげに風呂場に降りて行った。
風呂に入って気づいた。男物のパジャマが洗い立てで置いてある。死んだ美耶には、いい男がいたんだろう。
「ありがとう、いい湯だった」
「どうも、じゃ、あたしもお風呂つかって寝ます。どうぞお先にお休みになってください」
「うん、そうさせてもらうよ」
オレは階段を上がって、左の部屋に向かった。すぐにベッドに入ったが、かすかに浴室の気配がして寝付けない。おまじないのつもりでベッドの端に転がる。子供時分からの癖で、よその家にいくと、こうすると寝つきが良くなる。
同時にハッとした。オレの横に麻耶が入ってきたのだ。
「ごめんなさい、部屋を間違えたみたい(#'∀'#)」
そう言いながら、ベッドを出ていく気配が無い。
「えと……いっしょに寝ていいですか。今から冷たいベッドにいくのも……」
企みかどうかは判断しきれなかったが、これは、もう据え膳だ。でも、軽く念を押した。
「寒いなら、もうちょっと寄ってきてもいいよ」
「え、あ……うん」
麻耶は意外なくらい大胆に寄り添ってきた。手を延ばすと拒みもしない……下着も付けていなかった。
麻耶は焼き立てのパンのように熱く、かつ柔らかかった。この歳まで女性経験が無かったとはいわないが、麻耶の方からリードしているようで、逆になってしまった。
三度交わったあと、麻耶は済まなさそうに告げた。
「ごめんなさい……あたし、美耶の妹じゃないんです」
「え……」
「二人の親は、美耶が成人した後離婚して、妹の麻耶はお母さんについていって、今は北海道です」
「じゃ、きみは……?」
不思議なことにハメられたというような後味の悪さは無かった。ここに来てからの話や態度は美耶の身内そのものだ。
「あたし……サンドイッチの精なんです。美耶さんが亡くなってからは、あたしが店の切り盛りをしていました。島田さん、結婚してください。美耶は島田さんに惹かれていました。あたし、島田さんと一緒になれたら、ずっと人間でいられるんです。夜明けまでに返事してください。お願いします」
「お、おれは……」
熱のこもった麻耶……サンドイッチの精の声を聞いているうちに眠りに落ちてしまった。
オレも四十路だ、なんだか夢みたいな話だけど、これもいいかなと、目が覚めたときには気持ちが決まっていた。
午前五時、今から寝なおしたら、きっと寝坊する。スヤスヤ眠っているサンドイッチの精を見ていると、とても愛おしくなってくる。心は決まった。そしてトイレに行きたくなった。
春とは名ばかりの二月の末である。夕べ抱き合って、二人とも裸だ。
オレは彼女の裸の背中を見ながらガウンを羽織ってトイレに向かった。
オレは無粋な音をたてないように座りションをした。この業界人の悲しさでしゃがんでもよおしたら、大きな方もしてしまう。兵隊の見敵必殺の心得である。
で、用事を済ませてベッドに戻ると彼女の姿が無い。ベッドは、まだ温かい、布団は彼女を包んだ形のまま残っている。
オレは、うろたえたが思いついた。
昨夜同窓会で食べたサンドイッチを、消化して形を整えて出してしまったことを……!