鳴かぬなら 信長転生記
責任を感じてくれるのは嬉しいんだけど、顔色を窺うように付きまとわられるのはね……
いや、本人には、そんな卑しい意識は無い。
分かってる。
だから、おへその所に力を入れて、その分、顔の緊張は解して振り返る。
案の定、屋上のフェンスにしがみ付くようにして見送る忠八くんの眉は、心配でヘタレている。
「だいじょうぶ! わたしも、天下の市だからねぇ!」
もう四回目の『だいじょうぶ!』を繰り返す。
これでだいじょうぶ! って感じでピキッと敬礼。
忠八くんと紙飛行機飛ばすようになってからは、挨拶は敬礼になってきた。
やっぱ、紙とはいえ、ヒコーキを飛ばす人間は敬礼がよく似合うのさ。
視界没寸前の紙ヒコーキを追いかけていったら、三国志から越境してきた袁紹ってやつの部隊と出くわして殺されかけた。そのことを忠八くんは気に病んでいる。
三国志が攻めてくるなんて予想もつかないことだったし、宮本武蔵が助けてくれて事なきを得たんだら、そんなに気にすることは無いと思うんだけど。まあ、気性なんだ。忠八くんが落ち着くまでは、嫌な顔なんかしないで受け止めてあげようと思ってるよ。
忠八君が、紙ヒコーキを折りかけのまま屋上に駆けあがってきたのは、生徒会からの伝言があったから。
「生徒会長が、織田さんを呼んでる。織田さん、ひとりで生徒会長室に来いって(;'∀')」
「生徒会長が?」
忠八くんは、息を吸って、いろいろ心配事とか慰めを言おうと口をパクパクさせた。
「分かった、行って来る」
それだけ言って、階段を駆け下りてきた。
忠八くんの善意は分かってる。
でも、男がグダグダと慰めたり言い訳したりするのは大嫌い。
どうも、この感性は兄の信長といっしょみたいだけど、あいつみたいに「殺してしまえ」とは思わない。まあ、張り倒しておしまい。でも、女に張り倒されてひっくり返る男を見るのは、もっとヤダし。
あ、とにかく、生徒会長室に向かうのよ!
生徒会長は坂本乙女。
乙女だなんて、文字通り乙女チックな名前なんだけど、あいつは化け物だ。
知ってる人は、もう名前だけでお見通しだよね。
乙女は、あの坂本龍馬のお姉さん。
まあ……あとは、じっさいの乙女の会ってのお楽しみよ。
だって、もう会長室がすぐそこだからね。
『ヒエーー参ったあ!』
もう三歩でドアの前というところで悲鳴が聞こえる。
ヤバいところに来ちまった……足が停まると、乱暴にドアが開いて、意外な女生徒がボロボロで走り出てきた。
「え、ともえ……」
痛む腰を押えながら、わたしの前を通っていったのは木曽義仲の実質的な妻の座にあった巴御前だ。
日本史に残る女豪傑……それを、なんの勝負でかは分からないけど、あそこまでボロボロになるまでやっつけてしまって……ちょっと、タイミング悪すぎ(^_^;)。
「ああ、織田さん、もう来ちょったんだ、入ってよ」
制服は着崩れているけど、勝利者の笑みをたたえながら、乙女生徒会長は、ドアから半身を出してオイデオイデをした。
南無三……。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 今川 義元 生徒会長