大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

滅鬼の刃・エッセーラノベ 36『眼病始末記・1』  

2025-01-08 16:35:22 | エッセー
 エッセーラノベ    
36『眼病始末記・1』  




 昨年の秋のことです。パソコンで文章を書いていました。

『大』と打つと「ナ」に、『橋』と打つと「喬」になってしまいます。テレビのニュースを見ると、アナウンサーの口が消えてしまいます。ロングになると首ごと消えてしまいます。

 これはマズイ!

 すぐに駅前の眼科に駆け込むと、ドクターが、こう言いました。

「両眼ドライアイです」

 ああ、パソコンの画面などを長時間見ているとなるアレだ、要は目が乾いている。

「そして白内障です」

 あ、ああ、歳を食ったら水晶体が濁るアレだ。

「さらに、左の目が網膜レッコウです」

 え? これは直には意味が分かりません。

「この映像で説明します」

 診察の前に検査技師の女性が撮ってくださった映像がモニターに映ります。

 湾曲した網膜の断面図、その湾曲の真ん中が途切れています。

 こういうものには疎いわたしでも分かりました。網膜の真ん中が欠けているのです。

「この穴の開いたところが像を結びませんので、欠けて見えるわけです」

「はあ……」

 間の抜けた返事をしましたが、ことの重大さはよく分かっています。

「放っておくと穴が広がるというか亀裂が大きくなって……」

「はい、見えんようになってしまうんですね」

「はい、そのとおりです」

 ドクターは、すぐに紹介状を書いて下さり、家から二キロ余りのT病院の予約まで取り付けてくださいました。


 さあ、青天の霹靂、目の手術をすることになってしまいました!


「往きはともかく、帰りは一人ではきびしいので、どなたか付き添った方がいいですよ」

 そうアドバイスしてくださって、困りました。

 その春から孫の栞は家を出て一人暮らしをしています。

 連絡は時どきラインでやっていましたが、そのほとんどが既読スルーです。

 今度ばかりは既読スルーでは済みません。

 やむなく、初めて電話しました。きっと『お掛けになった電話番号は圏外、あるいは電源を切っておられ……』の人工音声だと覚悟していましたが、予想に反して二回のコール音で繋がりました。

『はい、もしもし、栞です』

 めちゃくちゃしおらしい声なので――ああ、案じるより産むがやすし(;'∀')――と思いました。

「ああ、久しぶりだな栞ぃ、実はな、お祖父ちゃん……」

 そこまで言うと『ゲ、なんで電話してくんのよ! 店長と間違えたじゃん!』と、ニベもない返事。

 しかし、このつれなさに臆してしまうわけにはいきません。ことは緊急を要するのです。

「実は、網膜裂孔というのになっちまって、緊急に手術することになったんだ」

『もーろくれっこう?』

「耄碌じゃなくて、網膜。網膜に穴が開いて、放っておくと見えなくなっちまう病気なんで、手術なんだ。いや、日帰りできる手術なんだけどな、帰りは一人じゃ厳しいって先生もおっしゃるんでな。悪いけど、栞に付き添ってもらおうと思ってなぁ……」

『従弟のおじさんとかじゃダメなの?』

「え、Yか?」

『あ、うん、バイトのシフトとかきつくって、急には……』

「Yは坊主だぞ、病院に坊主はまずいだろ」

『いや、私服に着替えてもらって……』

「檀家周りの途中で着替えてくれなんて言えないぞ、いちいち寺に帰らなきゃならないんだから」

『…………』

「しおり?」

『ハア(ノД`) ……分かったわよ、時間と場所教えて』

「あ、すまんな……」

 と、かくして孫に付き添われて初めて病院に行くことになりました。



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