真凡プレジデント・66
脳波は戻ったけど、10キロの体重は戻らない。
しかし、他に異常は無いので週に一回の通院を条件に退院することになった。
両親は間に合わないので、生徒会の三人が付き添ってくれる。
「ケーキバイキングは延期になったからね」
なつきが嬉しそうに言う。
「やっぱ、みんなで行かなきゃね」
「四人揃っての方がおいしいもんね」
「あ、すみません、荷物くらい持ちます」
ロビーに来てくれた綾乃とみずきさんが手荷物をかっさらう。
「いいよいいよ、こういうときくらい甘えていいわよ」
「すみません」
「他人行儀だわよ」
「ちょっと痩せたんじゃない?」
「あは、ダイエットになったかな(^_^;)」
「羨ましいなあ、ケーキいっぱい食べられるわよ」
「あたしもダイエットするから、ケーキバイキングは月末にしようよ」
「なつきは、うんと食べて縦に伸びなきゃ」
「あたしは、まだ育ちざかりなんです!」
三人とも気を引き立てようとしてバカな話ばかり、事件のことには触れないようにしてくれているんだ。
ありがたいことだと思う。
たった二日間のことだったけど、病院を出た時の空気はとても爽やか。
子どものころ亡くなったお祖母ちゃんちに行って、お姉ちゃんや従兄妹たちとかくれんぼした時のことを思いだした。
奥座敷の押し入れの布団の間に潜り込んだわたしは、影の薄い子だったせいか誰にも見つけてもらえなくって、そのまま寝てしまった。お姉ちゃんは従兄妹たちと蝉取りに出かけてしまい、わたしが発見されたのは、お祖母ちゃんが、子どもたちが寝る布団を出そうと押し入れを開けて、よっこらしょっと布団を出した時。
お祖母ちゃんの「あれ?」って声と、押し入れの中まで届いた西日で目が覚めた。
お祖母ちゃんの「あれ?」は『この子誰だったっけ?』という響きがあった。「……あ、お祖母ちゃん」と目が覚めると声で分かって「ああ、まあちゃん(お祖母ちゃんは真凡じゃなくて、愛称の『まあちゃん』で呼んでくれてた)かくれんぼしてて寝ちゃったんだねえ(^▽^)。さあ、もう晩御飯だから、表の座敷に行きな」と押し入れから出してくれた。
長い弓型の縁側を通って母屋に、ちょっと前に夕立があったのか、庭の苔や木々は葉っぱに露を宿してつやつやし、空気がとても爽やかだった。
そう、あの時の爽やかさに似ている。
どこかで、ヒグラシの鳴く声が聞こえたような気がした。母屋に向かう縁側ではヒグラシの鳴く声がしていたのを思い出して、母屋への縁側から見た田舎のイメージが今までになく鮮明になった。
子ども心にも、ひょっとして、わたしてばリープした……?
テレビで女子高生がタイムリープするドラマが高視聴率をとっていて、そのドラマの事が頭に浮かんで時めいた。
わたしは、現実によーく似た異世界に飛ばされたのかもしれない……。
『時をかけるまあちゃん』なんてタイトルが浮かんで、ひとりワクワクしていたっけ……。
「あ、タクシーー来たよ」
みずきさんが、病院のゲートに差し掛かったタクシーに手を上げる。
「ちょっと窮屈だけど、四人揃っての方がいいよね」
綾乃の提案にみんな賛成。
タクシーのトランクに荷物を入れると、卒業旅行のノリでシートに収まる。
病院のゲートを出て、四車線の道路に入るためにグッと旋回。
一瞬、向こう側の歩道を歩いているのが目に入った。
もう一人のわたしが、ゆるゆると歩いているのが……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長