ライトノベルベスト
学校に行くついでにゴミを出すと、電柱の側で隣の奥さんが倒れていた。
「大丈夫ですか、或角さん!?」
「……大丈夫」
と、一言言って、ほとんど気を失った。あたしは或角さんの玄関のドアを叩いた。
「或角さん、或角さん、奥さんが、奥さんが!」
「しゅ、主人は、出かけて……」
「お、奥さん! 或角さん!」
側によると、本格的に気を失った。顔面蒼白。ただごとじゃない。あたしはスマホを取りだして救急車を呼び、家にいたお母さんを呼んだ。
「困ったわね、お母さん、これから仕事だし……」
ちなみにお母さんは、パートでヘルパーをやっている。他の仕事と違っておいそれとは休めない。
「いいわよ、お母さん。あたしが病院まで付いていく」
「そう、じゃあ、なにかあったらすぐにお母さんに電話して。最初の鈴木さんが済めば、あとは代わってもらえそうだから」
「ちょっと重症な貧血ですね」
お医者さんが、そう言った。旦那さんも駆けつけてきたが、文字通り駆けてきたんだろう、上着も脱いでネクタイも外し、汗みずくだった。
「とりあえず、今から点滴と輸血をします」
「あ、申し訳ありませんが、宗教上の理由で輸血出来ないんです」
けっきょく奥さんは点滴と、増血剤を処方されて、夕方まで安静ということになった。
学校は二時間目から間に合った。どこでどう間違って情報が伝わったのか、あたしが急病で救急車で搬送されたと伝わっていて、あたしが授業中の教室に入ると、どよめきがおこった。
しかし、我がクラスメートながら、なんと健康的で、噂好きなことであることか。
一見真っ当そうな女子高だけど、裏では結構いろんなことをやっている。昔と違ってただの耳年増ということだけじゃない……て、Hなこと想像した人は、もう前世紀のオッサン。
むろん、そっちの方で体験済みやら、研究熱心な子もいるけど、健康や美容に気を付けて、サプリメントを試したり、中にはエステに通っている子や、プチ整形やってる子もいる。まあ、あたしみたいにオリーブオイル飲んでる子はいないだろうけど。
奥さんが倒れてから、或角さんちは静かになった。もう、窓を開けても、アソコから物音もしなければ、コウモリが出入りすることも無くなった。
いつの間にか、バラの季節も終わり、紫陽花が顔色を変えるようになってきた、ある晩のこと……。
人の気配で、目が覚めた。
一瞬の恐怖。その晩、お父さんは出張。お母さんは、ヘルパーの泊まりだった。
「ごめん、起こしてしまったね」
ため息混じりに、そう言ったのは或角さんのご主人だった。
「ど、どうして或角さん……!」
「あ、要件を言う前に、事情を説明しとくね。ま、したって夜中に女の子の部屋に忍び込むなんて、とんでもないことなんだけど、まあ、聞いてくれるかい?」
「え、ええ……」
その時の或角さんは、なんだか、とてもくたびれていた。
「実は、僕はバンパイアなんだ」
「アンパイア……野球の?」
思わぬズッコケに、或角さんは可笑しそうに、でも力無く笑った。
「いい子だ、奈月くんは……あんまり日本語にしたくないけど、吸血鬼」
「じぇじぇじぇじぇ!」
「アルカードって、英語のスペルでAlucard。これ、デングリガエすと……」
「D・r・a・c・u・l・a……Dracula(ドラキュラ)!」
「そう、由緒あるバンパイア一族のみに許された隠し姓」
「そのドラキュラさんが、何を……!?」
「あ、半分は想像の通り。奈月くんの血を分けてもらいに来たの。あとの半分は間違い。別に奈月くんは吸血鬼になったりしないから。あれは、単なる伝説」
「あ、でも、あたし晩ご飯ギョウザだったから」
「ニンニクも平気」
あたしは、せっぱ詰まって机に手を伸ばしシャ-ペン二本で十字を作った。賢いことに、机の照明をつけたので、ちょうど十字の影がもろに或角さんに被った。
「それも平気」
「もう!」
「実は、この街なら、清純な血液に不足ないと思って越してきたんだけどね……アテが外れたよ」
「純潔な乙女の血じゃなきゃ、だめなのね」
「それは……ビンゴ」
どうしよう、あたしって、まだ清純なままだ……!