せやさかい・199
ちょっと期待はあった。
なにかと言うと、SOS団。
ほら、わが文芸部の唯一の男子部員の夏目銀之助。
その銀之助が言うてた『ひとりSOS団』です。
SOS団というのは『涼宮ハルヒの憂鬱』から始まる、いわゆるハルヒシリーズ。
初出から二十年近く続いてるラノベで、アニメも2クールやってて、映画にもなって大ヒット!
アニメの制作は、あの京アニ!
ちょっと不思議で生意気な美少女ハルヒが巻き起こす、様々な不思議やら冒険の物語で、非日常系ラノベとして累計2000万分も売れている化け物ラノベです!
で、SOS団というのは、ハルヒが結成した部活で、不思議なことや面白いことにチャレンジすることを目標にしている。
メンバーはキョン以外は、未来人、宇宙人、超能力者で構成されていて、毎回ぶっ飛んだストーリー展開になってて、読者を飽きさせません。
それを、たった一人とは言え、銀之助がやってるというので、いやが上にも期待は高まるというもんです。
何万回と続く夏休み! 離島で繰り広げられる殺人事件! 校庭に書かれたナスカの地上絵的図形! ハチャメチャな文化祭の映画作り! 巨大なカマドウマ! 思念体の暴走! 閉鎖空間! 数々の禁則事項!
ひょっとしたら、うちらの文芸部の記録を出版したら、ハルヒシリーズみたいに2000万部売れたら……印税を5%としても、定価600円で……ろ、六億円!?
「先輩、僕のは、あくまで本の中のSOS団で……」
「あ、うん……本の中?」
「はい、読んだ本の中で不思議なことに出くわしたら、それについて色々調べてみるというやつで……」
「え、どういうこと?」
留美ちゃんもブレーキがかかってつんのめったような顔になる。
「たとえば、小説とか読んでると、三人称で『彼』とか『彼女』とか出てくるじゃないですか」
「「うん」」
「そういう三人称って、いつから、誰が始めたのか?」
「「え?」」
「だって、江戸時代以前には、そういう言葉は無かったんです。きっと、誰かが発明したんだって思いません?」
「ああ、そう言えば……」
「親のことを『お父さん』『お母さん』て言うじゃないですか」
「うん」
「だれが決めたか分かります?」
「それ、知ってます!」
三人しか居てへんのに、留美ちゃんが律儀に手を挙げる。
「はい、榊原先輩」
「明治になって、政府が統一した日本語表現を作るために決めたんです。それまでは身分によって『父上』とか『おとっつあん』とか『おでいちゃん』とか、地域によっても『おっとう』とかいろいろだったのを統一したんです。井上ひさしさんの本にありました」
「さすがは、榊原先輩!」
「えへへ」
「留美ちゃんもすごい」
「でも、『彼』と『彼女』は知らないよ。やっぱり文部省?」
「文部省? 文科省ちゃうのん?」
「「違います」」
二人の声がそろう。
「昔は文部省っていったんです」
「平成のいつだったか、文部省と科学技術庁をいっしょにして名称を変えたんだよ」
「2001年、平成13年です」
「アハハ……で、『彼』と『彼女』は?」
「二葉亭四迷だと言われています。明治になって書き言葉と話し言葉の統一を計ろうと言う『言文一致運動』というのが巻き起こって、その中で四迷が作った造語だと言われています」
「そ、そうなんだ(^_^;)」
「他にも、静かな状態を表すのに『シーーン』て表現しますよね」
「え、あ、うん」
「あれは漫画家の手塚治虫の発明だと言われています」
「え?」
「そうなの?」
「それまで『しんと静まる』って表現はあったんですが、伸ばして『シーーン』にしたのは手塚だと言われています」
「へ、へえ、そうなんだ……」
「あ、そうだ。手塚治虫って、下に『虫』がつきますよね?」
「え、そう?」
「ほら」
銀之助は書架から『火の鳥』を出して表紙を見せてくれる。
「ほんまやあ」
「そうだ、これ、宿題にします。二葉亭四迷と言うのもかなり変わった名前ですよね、むろんペンネームなんですけど、その由来も調べてきてください。次の部活で答え合わせしましょう!」
後輩の一年坊主に宿題出されてしもた(^_^;)。
横で留美ちゃんがクスクス笑ってる。どうやら、答えを知ってるみたいや。
「最悪、ググってもいいですけど、それは言ってくださいね。ググるのは最終手段ですから(^▽^)/」
「アハハ」
留美ちゃんも笑いよって……こいつら鬼や。