真凡プレジデント・56
高校生が正直なのは美徳なんだろうけど、役に立たないこともある。
毎朝テレビでエアコンをもらって帰る途中、中谷先生からメールが入った。
――倉庫に生徒会の資料があるから取りに来て、至急ね――
学校に着くと、柳沢先輩と執行部の三人に任せて、わたしは職員室に向かった。
エアコンの据え付けは綾乃が拝み倒して、柳沢先輩がやってくれることになっている。
資料を取りに行くだけだから、汗を拭いて戻るころには作業に掛かれるだろう。
「失礼します……オオ」
ドアを開けると、どっとあふれ出した冷気に包まれて気持ちがいい。
職員室のエアコンはガンガンかかっていて羨ましい。ま、生徒会室も一時間もすればエアコンが付く。羨むのもこれが最後だと思うと、気分がいい。
「田中さん、こっち!」
机の島に胸壁のごとく高く積まれたゴミにしか見えない書類等やらの山から、中谷先生の手がオイデオイデをしている。
声だけで分かってくれるのは嬉しい。
何度も言ってるけど、わたしの特徴のなさは特筆もので、先生によっては学年の最後まで覚えてもらえないこともある。
とっくに諦めているんだけど、今みたく間髪いれないで分かってもらえるのは、エアコンの冷気と共にありがたい。
「資料って、どこの倉庫でしょ?」
どことは聞いたけど、職員室に附属している六畳ほどのそれだと見当はつけている。あそこなら、ドアを開けっぱなしにしておけば一分足らずで職員室と同じ涼しさになる。ラッキーだ。
「あ。こっち」
先生は鍵束を手にするとスタスタと職員室を出ていく、ちょっち悪い予感。
「ここなんだけどね」
先生が立ち止まったのは四階の階段を上がって直ぐのドア。
ドアが開くと、四十度くらいはあろうかという熱気がカビとホコリの臭いをまとわりつかせて転げ出てくるる。
「このロッカーと棚にあるので生徒会らしいのは持ってってくれる? あと、わたしの名前とか書いてある……こういうやつね。これを職員室まで持ってってくれると嬉しい。大変だろうから、執行部みんなでやっていいわよ」
「あ、いえ、一人で出来ます」
一人ではきつい量なんだけど、こんな仕事に皆を呼ぶわけにはいかない。
「あ、そう、ま、無理しないでね」
先生はサッサと行ってしまう。
ため息一つついてブラウスを脱ぎ、タンクトップ一つになって取り掛かる。帰りのことを考えるとブラウスを汗びちゃにはしたくない。むろん、ここを出る時にはタオルハンカチで汗をぬぐう。
――これって……――
二三分して気づいた。
生徒会の資料って、ほんの段ボール一箱程度。あとは先生の私物と思しきガラクタばかりだ。
ハーーーー
再びため息ついて周囲を見渡す。他の先生の私物とかもあって、どうやら、空き部屋を先生たちの物置にしていたようだ。
一画がゴソッと無くなっているところや、荷造りされているのもある。おそらくは、学校の都合で部屋を整備するか使うかで、私物はどけておくように指示があったのだろう。
ざっと見当を付けて、とりあえず廊下に出すことにする。
廊下に出してしまえば、中よりもよほど涼しい。
「さ、やるか!」
気合いを入れて作業にかかるわたしであった。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長