かの世界この世界:181
こいつめ!!
イザナギは太刀を振るった!
突然のことに、止める暇もなかった。
温厚な男のように見えているが、さすがに国生みの神だ。オーディンの威光も届かぬ流刑地ムヘンで様々な災厄や敵の襲撃を凌いできた我々でも咄嗟に対応できなかった。
イザナギは、生まれたばかりの火の神を一撃で切り倒した。
その斬撃は凄まじく、火の神は数百に爆散して、生まれたばかりの世界に散ってしまった。
「イザナギ、気持ちは分かるが、あれでは、火のタネを増やしただけだぞ」
「すまない、つい気が荒ぶってしまった……」
「ヒルデ、あちこちに火の山が盛り上がってきたよ」
ケイトが指差す方を見ると、霞を通してもはっきりと分かるほどに赤々とした山容が浮かび上がっている。それも一つ二つではなく、山の向こうにも次々と燃え盛り始めている。
「……イザナミさんが息を引き取ったよ」
そこだけ焼け残ったイザナミの手は脈を打っていなかった。
「イ、イザナミ……イザナミ!」
イザナギが真っ黒に焼け焦げた妻の亡骸に縋りつく、その後ろで、我々も不運な女神に頭を垂れて哀悼の意を示すのだった。
ヒルデも北欧神として、かなり過酷な運命を背負わされているが、イザナギ・イザナミの不幸に言葉もない。
「テル、このあとはどうなるんだ?」
「それが……検索しても出てこなくなってきた」
わたしたちは日本神話を習っていない。
日本史の授業の中で『古事記』『日本書紀』と習うだけだ。712年『古事記』、720年『日本書紀』、稗田阿礼、太安万侶も四文字の記号のような人物名としか頭に入っていない。
日本神話は、ラノベやアニメのモチーフにされ、加工されたものしか知らない。
ついさっきまで身を隠していたアメノミハシラも、FF14のダンジョンでしか知らなかった。
「妻を迎えに行く!」
ひとしきりの慟哭が収まると、イザナギはグシグシと涙を拭って立ち上がり、角髪(みづら)のほつれも構わずに、西の空に向かってまなじりを上げた。
はた目にもカッコいいのだけど、こういうヒーロー感丸出しの男と言うのは、えてして失敗が多いものだ。
「迎えに行くのはいいが、どこに行こうと言うのだ?」
オノコロジマは四方が海に囲まれて、真ん中にアメノミハシラが立っているだけの孤島だ。
「黄泉の国」
イザナギが目を向けた先は霞が薄れ、火の山から漏れ出た溶岩がトンボロのようになって、西に広がる大地に続いているように思えた。
「我々も同行したいが、かまわないか?」
ヒルデが一歩前に出る。
「おお、ご同行願えるか?」
「ああ、国生みの最初から関わってきたからな。東西の隔てはあるが、共に原初の神だ、力になれるのであれば」
「おお、百人力! いや、千人力! よろしくお願いする!」
そう言うと、イザナギはズタブクロに剣一振りという軽装で歩き出した。
「え……歩いていくの?」
テルが、残念そうに呟く。
ムヘンでは乗り心地はともかく二号とか四号に乗って移動していた。のっけからの歩きは意欲を削がれるのだろう。
「わたしらも、ヒルデに出会うまでは歩いていたじゃないの。荒れ地の旅なんて、テルもはしゃいでいたわよ」
「え、そうなの?」
「忘れた?」
「あ、うん……最初の方は、なんか記憶があいまいで」
「そのうちに思い出すさ……」
「さあ、みなさん、潮が満ちる前に島を出ますぞ!」
イザナギが上げた拳には『黄泉の国を目指す神々の会』と添乗員の小旗のようなものが握られていた。
☆ 主な登場人物
―― この世界 ――
- 寺井光子 二年生 この長い物語の主人公
- 二宮冴子 二年生 不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
- 中臣美空 三年生 セミロングで『かの世部』部長
- 志村時美 三年生 ポニテの『かの世部』副部長
―― かの世界 ――
- テル(寺井光子) 二年生 今度の世界では小早川照姫
- ケイト(小山内健人) 今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
- ブリュンヒルデ 無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
- タングリス トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
- タングニョースト トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属
- ロキ ヴァイゼンハオスの孤児
- ポチ ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
- ペギー 荒れ地の万屋
- イザナギ 始まりの男神
- イザナミ 始まりの女神