大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

RE・乃木坂学院高校演劇部物語・66『雪と苗字とお線香』

2022-12-27 08:31:14 | 青春高校

RE.乃木坂学院高校演劇部物語    

66『雪と苗字とお線香』 

 

 

「お互いに、ここまで言うてしもうたんだ。もうワシから言うことはない。彦君とお二人には申し訳ないが、今日のところは諦めてください。大雪の中、済まんことでした」

 お祖父ちゃんが頭を下げた。

「貴崎先生、この高山彦九郎、乃木高の門はいつでも開けておきますからな」

「校門は八時半閉門と決まっておりますが……」

 バーコードのトンチンカンにみんなが笑った。

「ありがとうございました……」

 わたしは、そう言って、その場で見送るのがやっとだった。

 

 雪が左から右に降っている。

 と……いうわけではなく。ただ単に、わたしが右を下にして寝っ転がっていただけ。

 

 ゆっくりと起きあがる……当たり前だけど、雪は上から下に降っている。

 ちょっと感覚をずらすと、自分が空に昇っていくようにも感じる。

 昼過ぎに潤香の病室でも同じように感じた。

 ほんの、三時間ほど前のことなのに、今は、それを痛みをもって感じる。

 夕闇が近く、庭灯に照らし出され、いっそうそれが際だつ。

 まるで無数のガラス片が落ちてきて、チクチクと心に刺さるよう。

 物の見え方というのは、自分の身の置き所だけでなく、心の有りようでこんなに違う。

 

 あれから仏間に行った。

 

 久々に「我が家」の仏壇に手を合わせる。

 この仏壇の過去帳に両親の法名が書かれている。

 一度も開いてみたことはない。

 お祖父ちゃんは、両親が亡くなってからも「いっぱしの何かになればいい」とだけ言って自由にさせてくれた。一時は両親の後を継いでとも思ったけど、言葉に甘えて、それでもいっぱしの教師になった……つもりだった。

 寝起きしている我が家の方にも玩具のような仏壇がある。お線香臭くなるのが嫌で、毎朝お水をあげている。「我が家」のしきたりを思い出して、輪棒に向けた手をお線香立てに伸ばす。

 あ……

 三つに折ったお線香が、まだ小さな炎(ほむら)を残していた。

 

「お嬢さま」

 

 驚いて振り返ると、峰岸クンが立っている。

「なあに?」

「あの、お申し付けの年賀状です」

「あ、そうだったわね。ありがとう……あのね」

「はい、お嬢さま」

「その……お嬢さまって呼び方、なんとかなんない?」

「じゃあ……先生っていう呼び方になれるようにしていただけますか」

「ハハ、それは無理な相談だな……あ、年賀状こんなに要らないわ」

「書き損じ用の予備です」

「わたしが書き損じするわけ……あるかもね。ありがとう」

 わたしが、たった三枚の年賀状を書いているうちに、峰岸クンは暖炉の火を強くしてくれていた。温もりが心地よく伝わってくる。

「ひとつ聞いてもいいですか」

 温もった分、距離の近い言葉で聞いてきた。

「なあに……?」

 わたしは、三枚目まどかへのを……と、思って笑ってしまった。

「思い出し笑いですか?」

「ううん。三枚目がまどかなんで、おかしくなっちゃって」

「え……ああ、確かにあいつは三枚目だ」

 少しの間、二人で笑った。

「で、質問て……?」

「どうして、苗字が貴崎と木崎なんですか?」

「ああ、それはね戦争で区役所が焼けちゃってね。新しく戸籍を作ることになって、お祖父ちゃん、書類の苗字のところを平仮名で書いたの」

「どうして、そんなことを?」

「当然、係の人に聞かれるでしょ。で、係の人がどう対応するか試したの」

「ハハ、オチャメだったんですね」

「で、キサキさん、このキサキはどんな字なんですか。と、聞くわけ」

「ハハハ、それで?」

 暖炉の火が頃合いになってきた。

「で、普通のキサキだよって答えたら木崎と書かれてそのまんま。会社の方は片仮名の『キサキ』だし、わたしは『貴崎』の方が……」

 そこまで言うと、峰岸君が人を招じ入れる気配。

 
 振り返ると、わたしより先にお線香を立てた木崎が立っていた……。

 

☆ 主な登場人物

  • 仲 まどか       乃木坂学院高校一年生 演劇部
  • 坂東はるか       真田山学院高校二年生 演劇部 まどかの幼なじみ
  • 芹沢 潤香       乃木坂学院高校三年生 演劇部
  • 芹沢 紀香       潤香の姉
  • 貴崎 マリ       乃木坂学院高校 演劇部顧問
  • 貴崎 サキ       貴崎マリの妹
  • 大久保忠知       青山学園一年生 まどかの男友達
  • 武藤 里沙       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 南  夏鈴       乃木坂学院高校一年生 演劇部 まどかと同級生
  • 山崎先輩        乃木坂学院高校二年生 演劇部部長
  • 峰岸先輩        乃木坂学院高校三年生 演劇部前部長
  • 高橋 誠司       城中地区予選の審査員 貴崎マリの先輩
  • 柚木先生        乃木坂学院高校 演劇部副顧問
  • まどかの家族      父 母(恭子) 兄 祖父 祖母

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