銀河太平記・208
ゴールデン街は月面開発の初期にできたバラック街がもとになっているので、スリッパのあるメインストリート(と言っても道幅は車がやっと通れる程度)以外は狭いし込み入っているし、月に来て四年にしかならないわたしにはメインストリート以外はラビリンス同然。一緒に歩いている三等軍曹のダッシュも似たり寄ったり。
まあ、それでも示してもらったあたりは記憶にあるので、なんとか……と思ったけど、甘かった(^_^;)
「ええ、ハンベじゃこの先も道のはずだぞ」
「マップなんて役に立たないわよ、かえって混乱するから見ない方がいいわよ」
と言いながら、わたしも戸惑っている。
周温雷のオッサンを案内してから間は無いんだけど、もう様子が変わっている。かつて路地だったところに大人のおもちゃの店ができてるし、荷物なのかゴミなのか分からないものが放置されていたのが半分片づけられていると思ったら、その後ろに路地が続いている。
「スリッパの子、ここを通って通ってるんだろ、よく通えるなあ……」
「住み着いちゃえば楽勝なんでしょ……まあ、だいたいの方向は教えてもらったから……あ、こっちだ」
「ほんとか?」
「たぶん(^_^;)」
二度ほど迷いかけて、少し開けたところに出て、やっと目標の不動産屋が見えてくる。
「「おお……」」
まるで時代劇のセットのような二階建てには『あけぼの不動産』の看板がかかって、店のガラス張りには、物件の写真や図面たちが呪物のように貼り付けられている。
「ごめんくださぁい……」
ガラス戸を半分開くと店は無人なので、奥に向かって声をかける。
「はい、いらっしゃい」
モグラを思わせる小柄なオジサンが出てきた。
「ああ、お客じゃないんですけど……」
来意を伝えると、気分を害することもなく、パーテーションの奥の応接セットに「どうぞ」と進められる。
「ほう、あなたたちでしたか、姉崎さんの教え子さんというのは」
あらかじめ女将さんが連絡してくれていたようで、すぐに用件に入ることができた。
「それで、先生は、こちらの方には?」
「うん、ええと……それで、あれの居所を知って、どうしようというんですか?」
微妙に挑戦的になった言いように、わたしもダッシュも少し面食らった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟