真凡プレジデント・65
人間の体と言うのは不思議だ。
危機的状態になると脳から麻薬的な物質だったか信号だったかが発信されて痛みや恐怖を緩和するらしい。
お姉ちゃんがMCをやった特集番組で言っていた。
災害に遭った人が瓦礫に埋もれて、助けられたのが72時間後。ふつう36時間~48時間が限度で、誰もが助からないと思っていて。救助隊もほとんど遺体捜索のつもりだったのが無事に発見される。
助けられた本人は72時間の憶えがなく、せいぜい24時間の感覚だったとか。
つまり、ほとんどの時間、脳から発せられたものによって、いわば冬眠状態のようになっていて助かったのだ。
「72時間たったんですか……」
救助された時、朦朧とした意識の中で、そう聞いたそうだ。
実際は23時間あまりだった。
生徒会の三人が車の特徴を覚えていて、警察は慎重に捜査。
途中、車を乗り換えたので手こずったそうだが、今の時代、あちこちに防犯カメラ、それに行き交う車には車載カメラがついている。
わたしが拉致されたニュースがテレビやネットで流れて、多くの人が情報を提供してくれた。
でもって、乗り換えた車の特定も進んで、発見に至ったということらしい。
フリーアナウンサー田中美樹の妹の田中真凡さんが誘拐される!
そういうキャプションで世間に知れ渡った。
なつきが撮ってくれた写真が公開された。上から下までお姉ちゃんの服で固めて、頭には毎朝テレビのキャップを被ったのが。
世間の興味は、田中美樹 の妹の 田中真凡。
半分の人たちは田中美樹が誘拐されたと思ったらしい。
だから、こんなに情報提供がなされ、23時間と言うスピード発見になった。
毎朝テレビは、世間の怨嗟の中に潰れて行ったが、看板女子アナ田中美樹の人気は絶大だと再認識させられた。
ミイラになることも、オモラシすることもなく救助されたわたしは、それでも23時間を確認した後意識を失った。
「体重は何キロありましたか?」
念のための検査でお医者さんに聞かれる。お医者さんでも答えるのは恥ずかしい。
「あ、えと……53キロくらいです」
「……だよね、健康診断でも、そうなってるよね」
知ってるんなら聞かないでほしい。
「体重がなにか……」
「もう一度体重計に乗ってもらえます」
「は、はい」
おそるおそる足を載せる。
「やっぱ、42キロだね……違う体重計を使ってみよう、あ、それじゃないほう」
看護師さんが手にしたデジタルをキャンセルして、お医者さんが指差したのはレトロなアナログ体重計というよりはハカリだ。
そっと足を載せる。
「……42キロです」
キッパリと看護師さん。
「きみ、載ってみて」
言われた看護師さんは、一瞬嫌な顔をしたが、きちんとハカリに乗る。
「……62キロ……、狂ってないよね?」
「お昼を食べてなければ61キロです」
可愛く見栄を張った看護師さんだけど、それには構わずに、わたしを見た。
「怖い目に遭って体重が減ることは、ままあることなんだけど、それでも10キロはありえないなあ」
わたしって、10キロも減った?
そのあと、女医さんに交代して体の隅から隅まで調べられた。
「この体格なら50キロは無いとおかしい……」
数分腕を組んだ女医さんは、なにか思い立ったようで、ポンと膝を叩いた。
「ちょっと、脳波を計ってみましょう」
ラグビーのヘッドギアみたいなのを被らされて脳波を計ることになった。
「この脳波計おかしい、ちょっと……」
女医さんは看護師さんに目配せ、看護師さんは――またか――という顔をしながらヘッドギアを装着。
「やっぱ、正常だ……」
「どこがおかしいんですか?」
思い切って聞いてみた。
「あのね……見た方が早いわね」
女医さんは、レシートのロールに似た計測用紙を示してくれる。
素人目にも分かった。
脳波を表すグラフが二重になっている。
つまり、二人分の脳波がダブっているように見えるのだった!
「いや、二人分の脳波よ」
女医さんはキッパリと言い放って腕を組んだ……
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長