ライトノベルベスト
となりのアソコが気になってしかたがなかった。
アソコとは、となりの東側、三階部分の屋根の下、一ミリほどの亀裂。軒下から斜めに十センチほどのところで、外から見ただけでは絶対に分からない。少し強い雨が降った後、うっすらと亀裂の形に水が染み込んだ跡が出る。雨がやんで半日もすると消えてしまうし、表の通りからは分かりにくいせいか、もう何カ月もそのままになっている。あたしの三階の部屋からは、お隣りの壁まで一メートルほどなのでよく分かるんだ。
きっと、家の中は水が柱や壁づたいに染みこんで家を傷めて居るに違いない。注意してあげたいんだけど、やりようもない。
だって、となりは一年ちょっと前から空き家だから。
その空き家に購入希望者が来た、若い夫婦だった。
頭金に貯金を使って、あとは三十年ローン。そんなとこかな……と、思った。
言ってあげようかな……と、思ったけど、不動産屋さんにしてみれば営業妨害になる。
それに、中に入って、ちょっと気を付けて見れば、すぐに雨漏りの跡なんかが見つかって分かってしまうだろう。
あたしは、そう独り決めして、なにも言わなかった。
ところが、その夫婦は、二回下見に来たあと、その家を買ってしまった!
この日曜日には、四トンの引っ越しトラックに、ちょっと足りない程度の家財道具を運んで、いそいそと引っ越してきた。
「となりに越してきました、或角(あるかど)です。どうぞよろしく」
その晩には、故郷の特産品だというチョコレートを持って引っ越しの挨拶にきた。
「珍しいお名前ですね。或角さん……」
「失礼だぞ、お名前のことなんか」
苗字に興味を持ったお母さんを、お父さんがたしなめた。
「ああ、ボク帰化してつけた苗字なんです。もともとはアルカードって、当て字です」
「ホホ、そう言えば、ご主人なかなかのイケメンでいらっしゃる」
「いえいえ、こちらのお嬢さんこそAKBにいてもおかしくないほど、可愛くっていらっしゃいますよ」
「ほんと、柏木由紀に似てらっしゃるわ」
「あ、てかSKEの松岡菜摘に似てるなあ」
言われたあたしはドギマギして、それどころではなくなった。
「すみません。あたしたち、夫婦揃ってアイドル好きなもんで(^_^;)」
で、壁のヒビは言えなくなってしまった。
「ね、お母さん、あの壁、ヒビ入ってるでしょ?」
「そお……光の加減で、そう感じるだけじゃない。なんかあったら、或角さん自身が不動産屋さんに言うわよ。奈月、あんまり人の家のこと言うんじゃないわよ」
お母さんに言ってみたけど、一言のもとに却下。
ま、常識的に考えれば、お母さんの言う通りだし。あたしの目の錯覚かもしれないと納得。奥さんは、可愛い人だったけど、なんてのか、一目では覚えられない可愛さ。日本人の二十代の女の人のいいとこ取りをしたら、こうなるって感じ。ご主人は阿部寛に似た、やっぱ外人さん。だけど、日本で生まれたのか、育ちが長いのか、物腰が日本人で、言われてようくみなければ分からない。ま、美男美女の夫婦であることには違いない。
困ったことが、二つ起きた。
一つは、隣の或角さんちの……その……気配が感じられること。その……若い夫婦でしょ。で、夜の気配が、なんちゅうかもろ聞こえちゃう。女子高生のあたしには刺激強すぎ!
で、その気配が、アソコから聞こえて来るような気がする。以前住んでいたのはガキンチョが二人もいる田中さんだったけど、兄妹ゲンカが夫婦ゲンカに発展したけど、ご主人が怪我をして救急車が来るまでは気が付かなかった。
ま、それだけ、互いに遮音性に優れた建て売りではある。
季節がら、エアコンつける時期でもないし、網戸ぐらいで寝たいんだけど、窓を閉めて寝ることにする。それでもなんとなく気になるのは、あたしが、そういうHな妄想をしたくなる年頃のせいかもしれない。
寝不足か……と、お父さんに言われてしまった。
「いろいろ考える年頃なの」
そう言うと、ちょっと考えてから、こんなことを勧めてくれた。
「オリーブオイルを飲むと、よく眠れるよ」
「え、オリーブオイル!?」
「ああ、ギリシャ人なんか、よくやってるって。まあ、最初はコップ1/4ぐらいからやってみな」
言われて飲んでみると、これがいけた。するっと喉に入って油っぽさがない。おかげでグッスリ眠れるようになった。
そうそう、もう一つ気になること。五月下旬並の暖かさだった日、家に帰ると、部屋がムッとしていたので、窓を開けた。爽やかな風が吹き込んで良い気持ち。で、そのまま夕方に。
夕飯を終えて、開けっ放しの窓。アソコから気配がした……て、Hな気配じゃなくて、なにかが居る気配。
そっと、窓から覗くと、大きくなったアソコのひび割れから二匹のコウモリが飛び立っていった。