コッペリア・29
咲月は、オーディションの付き添いに栞を選んだ。
学校の友人だけでなく、家族からもAKPの再チャレンジに反対されてるんだろう。そう思ったが、栞はなにも言わずに会場まで付いて行ってやった。
咲月は受験生としては、やや年かさだった。たいて中学生くらいで、中には小学生と思しき子までいた。
「気にすることなんかないよ。要は実力と時の運。実力は……大丈夫。運は、あたしが連れてきたから!」
「え、どこに?」
「咲月の影……ほら、いつもより濃いでしょ。こいつが逃げて行かないように……」
栞は、目に見えない針と糸を取り出すと、影と咲月を縫い付けてしまった。
「これって……?」
「ヘヘ、ピーターパンの最初。ウェンディーがピーターパンの影を縫い付けちゃうじゃん。あそこからファンタジーが始まるんだ」
「ふふ、ありがとう」
その妙なパントマイム(栞には真剣なおまじない)に同じ控室の受験者や付添人たちもクスクス笑っている。
「いい、卒業した服部八重はオーディションのときは、二十歳。それも一回落ちて、あとで審査員が、あの子惜しいねって呟いて決まったんだからね。咲月は、絶対いける!」
「ありがとう。栞に言われると、そんな気になってきた」
「ハハ……それに、今日の審査には、総監督の矢頭萌絵が入ってるよ」
「え、どうして分かるの?」
「超能力!」
栞には、人間になった時(颯太には、相変わらず動く人形だが)少しばかり人間には無い能力が身についていた。
「……うん、水分さん、歌はそこそこだね」
と、ディレクターの大仏康。
「あと三十秒で自己アピールして」
と、矢頭萌絵。
「二回目のチャレンジなんですけど、あたしって、二回目の方が力が出るんです。体力測定もそうだし、お料理も憶えて二回目からはバッチリです。それに、何より誕生日が四月八日。AKPのオープンと同じ日。あたしはAKPに幸運をもたらす人間です」
「きみ、二回目の二年生なんだね」
「はい。あたし、なんでも二度目に力が出ますから」
「でも、この業界、一発で決めなきゃならないことだってあるわよ」
「大丈夫。AKPも二回目のチャレンジですから、AKPに関しては失敗しません。それに、ここに来るまでに宝くじ買ったんです。前も買いました。前は外れでしたけど、今度は宝くじも当たります!」
前回と違って、間を開けずウィットの効いた受け答えができた。咲月は手ごたえを感じた。
「精一杯やれた!」
控室に戻ると、咲月は栞に抱き付いた。
「そうみたいね。今度はひい爺ちゃんにも喜んでもらえるよ!」
二人で喜んで会場をあとにしようとして、栞はかすかな異変を感じた。
「ちょっと先に帰ってて。今度は、あたしの番みたい……」
そう言って栞は、審査会場に戻って行った。
正確には審査会場の審査員控室の隣の部屋。スタッフやメンバーが休憩に使う部屋へ……。