宇宙戦艦三笠
暗黒星団とは、真っ黒、あるいは真っ暗な星団と言う意味ではない。
前世紀末に発見されて以来、地球や地球の周回軌道にある電波望遠鏡で観察はされている。
発見者は中国の安告正(アンコウチャン)。しかし、これといった発見や生命反応のある星が確認されたことが無い。安告正は真面目で清廉な学者であったので、観察に予断を交えることもなく、親が名付けた名前の通り、学会の中では正しきを告げる人で、学者としては不遇のうちに亡くなった。
告正の死後、注目する学者も減って、面白みのない星団との評価が定着し、研究や観察を続けても宇宙物理学者としての名声が上がったり将来が明るくなる見通しが無いということで、いつしか発見者の安告正をもじって『暗黒星団』と呼ばれるようになった。
逆に言うと、通り一遍の調査しかなされたことが無く『実際に行ってみれば、なにが飛び出してくるか分からない星団』と、SFやアニメの分野で想像力を逞しくする者もいたが、なんでも逆説やどんでん返しでしかストーリーを組み立てられない貧困クリエーターの戯言と揶揄された。
まあ、宇宙戦艦ヤマトやガンダムでしか宇宙に飛び出せないリアルでは仕方のないことだがな。
「他の国の船は、この星団を迂回しています」
アナライザーのクレアが、航跡の残像を検知して、そう言った。
「ここを通らなきゃ、他の船に追いつけないからな」
みんなの覚悟を促すように腕を組む。皆は、無言をもって賛同の意を示してくれる。
ピピピ
受信のシグナルが鳴って、モニターにメッセージが浮かぶ。
な、なんだこれは!?
惑星ロンリネスから微弱ながら「歓迎」の信号が送られてきたのだ。
ロンリネスの存在については、そのスケールと軌道は知れていたが、それ以外は影絵を見るように分からなかった。
つまりはシルエットしか分からなくて、どうせ暗黒星団。生命反応はおろか、大気さえ無いだろうと決めつけていた不毛の惑星だ。
星団の周囲には、いくつか宇宙船の航跡残滓が見られたが、全て、勢い余ってかすめた程度のもので、星団内部に入り込んだものは無かった。
間もなく三笠は暗黒星団に突入。入り込むとレーダーもソナーも感度を取り戻し、クレアがせわしくアナライズし始める。
調べてみると、自転速度は遅く、仮に地球方向から星団に突入しても荒涼とした月面のような半球しか見えていなかったことが分かった。
世の中には、近づいてみなければ分からないことがある、ということを実感した。
「こんな面を隠していたのか!?」
「見えていなかった半分は地球型です」
「そんなことがあり得るのか?」
ドリフターズかなにかのコントに、体の前はちゃんと服を着ているのに、後姿は丸裸というのがあった。惑星全体でコントをやっているのか、めっぽう恥ずかしがり屋の惑星なのか。
「地球の1/3程の生命反応があります。寄ってみます?」
クレアが背中で尋ねる。
「儀礼的に一日だけ立ち寄るか」
「地球に似すぎているのが気になる……」
ウレシコワ一人が慎重だったが、他のメンバーは、平均的日本人らしいというか、しょせん高校生というか、流れのままに招待を受けることにした。
地球ソックリの半球は七割の海と三割の陸地でできていて、ちょうど恒星からの光を斜めに受けているせいか、ほんのり恥じらっているようにも見える。
東西に大陸というか、月面めいた裏側の端っこが見えていて、中央の海には、地球のどこかにありそうな島々が浮かんでいる。
その中の一つが、関東地方だけをデフォルメした日本列島のような形をしていて、東京湾を思わせるところから電波が発せられている。
ピピピ ピピ ピピピピ
寄港地はヨコスカを指定された。着水して近づくと、それは見れば見るほど横須賀に似ていた。
「懐かしいね、島のあそこだけが横須賀にそっくり」
「他の地域は?」
樟葉が、当然のように聞いた。
「日本のような街が、あちこちに……ただ……」
クレアの濁した言葉に全員が注目した。
「サーチの結果が出るのに、0・05秒タイムラグがあります」
「原因は?」
「弱いバリアーか……この星の磁場の影響か……三笠からでは確認できないわ」
「ま、とにかく存在するんだから寄るだけ寄ろう。天音、礼砲の用意だ!」
「了解」
三笠は、21発の礼砲を撃ちながら、ヨコスカに入港した。
港は横須賀にそっくりだった。港を出入りする船、アメリカ第七艦隊に自衛隊の横須賀基地。三笠公園にある三笠までそっくりだ。
桟橋には、自衛隊とアメリカ海軍の音楽隊が軍艦マーチとアンカーアウェイの演奏で出迎えてくれた。
市長、自衛隊、第七艦隊の挨拶を受けたあと、留守番にクレアを残して、全員が、横須賀ホテルに向かった。
「横須賀の街にそっくりなんですけど、ひょっとして、僕たちと同じ人間がいたりするんでしょうか?」
「さあ、どうでしょう。広い意味では地球とパラレルな世界ですが、なにもかもというわけではないと……まあ、ご自分の目で確かめてください」
出迎えの市長は、にこやかな顔で応えた。
望み薄だと思った。市長もミスヨコスカも自分たちの世界とは違う人物だったしな。
「ロシアの人は来ないんですか?」
ウレシコワが淡い期待を込めて聞いた。
「あなたはロシアの方ですか?」
「今はウクライナになっていますが」
「それはそれは、さっそくロシア領事館にお知らせしておきます」
「お聞きになるならウクライナ大使館です」
「え、ああ……」
市長が助役に耳打ちすると「早急に用意します」と返事するのが聞こえた。
耳に掛けた骨伝導イヤホンから『ウクライナ大使館が出現しました』とクレアから連絡が入った。
昼食会のあと、リムジンで、ヨコスカの街を見て回った。
「桜木町駅が昔のままよ……」
樟葉が呟いた。
「まるで、『コクリコ坂』の時代だな」
さすがにオリンピックのポスターなどは無かったが、あきらかに20年以上昔の横浜・横須賀の姿だった。
「あたし、自分ち見てくる!」
天音がたまらなくなってリムジンを降りた。もし20年前のヨコスカなら中東で亡くなったお父さんが生きているだろうからな。
学校の横を通ってもらった。古い校舎などはそのままで、十分自分たちの学校と言えたが、違和感を感じ、そのまま素通りした。
ドブ板横丁は、昔の賑やかさがそのままで、アメセコの店などが繁盛していた。
「お父さんがいた……」
ホテルに帰ると、天音が目を赤くして、ラウンジのソファーに掛けていた。
「会えたのか!?」
意外だった。日本列島の形もいい加減だったしクリミア大使館も大慌てで用意したみたいだし、そこまでそっくりだとは思わなかったからだ。
「20年前のお父さんとお母さん。あたし知らないふりして道なんか聞いちゃった。娘だなんて言えないもんね……だって、あたしが生まれる前の時代っぽかったもの」
樟葉も、ブンケンらしく、夕方までトシと二人でヨコスカの街を見て回った。
「ブンケンに残ってた資料そのままの横須賀だったわ」
「多分、20年遅れの地球と同じパラレルワールドじゃないっすかね!?」
トシも喜んだ。
三笠に残したクレアに交代しようかと連絡した。
「20年前なら、もう、あたしは打ち上げられていた。だからいいわよ」
と答えが返ってきた。
市長の提案で、あくる日はトウキョウに行ってみることになった……。
☆ 主な登場人物
- 修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
- 樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
- 天音(山本天音) 横須賀国際高校二年 砲術長
- トシ(秋山昭利) 横須賀国際高校一年 機関長
- ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
- メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
- テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊
- クレア ボイジャーが擬人化したもの
- ウレシコワ 遼寧=ワリヤーグの船霊