大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真凡プレジデント・34《胸を叩いた》

2021-03-27 06:22:29 | 小説3

レジデント・34

《胸を叩いた》  

 

 どう書いていいかも分かんなかった……

 

 ベッドの上、接する壁に同化するように膝を抱えるなつきが顔も上げずに、やっとそれだけ言った。

 階下ではアイドルタイムが終わって賑わい始めたお店の気配。

 お好み焼き屋たちばなは流行っている店だけど、それに甘えて休むわけにはいかない。おばさんもなつきのことが気にならないはずはないんだけど、定休日以外に休んでしまうと、とたんに客足に影響する。

 それに、ホームドラマじゃあるまいし、母親がちょこっと声をかけて解決するような問題でもないことも分かっている。

 中坊のときグレかかったときも「まあ、麻疹みたいなもんだから」と気楽に構えていたおばさんだけど、ほんとはどうしてやりようもなかったんだ。せめて普通に店を開けて元気にお客さんの相手をして見せることで娘を支えているんだ。

 いつもなら年中出しっぱなしのコタツに収まる。

 なつきはベッドとコタツの谷間、わたしは壁側というのが定位置。

 でも、なつきが定位置に収まらず、ベッドの上でクマのぬいぐるみといっしょに膝を抱えていては、入り口近くに腰を下ろすのがやっとだ。ドアの向こう、あと二段上ったら廊下というところで健二が心配そうにしているのも気になるしね。

「なつきは、悪いことなにもしてないよ。がんばって進級もしたし、だれにひけ目を感じることもないんだよ」

「でも、ほんとに合格していたのはあの子で、わたしは届かない成績だったんだから。あの子が怒るのも無理ないよ、怒って当然だよ。真凡に支えてもらってやっと借り進級だよ、ほんとなら二年生にもなれない成績で、真凡が居なかったら、この三月でやめてるところだったよ……」

「そんなことない、いくらわたしが居ても、なつきが、その気になってなきゃ進級なんてできてなかったよ」

「わたしバカだけど、分かってるよ自分がバカだってことは」

「とにかく早まらないで、なつきが学校辞める理由なんてどこにも無いんだから!」

「学校辞める時は一筆書かなきゃならない、でもって、いざ書くとなると『たい学とどけ』だったか『じひょう』だったかも分かんない。いろいろ書いて調べて、やっと分かった。退学届だって、送り仮名はいらないんだよね、『退学届け』って書いたらダメなんだよ。良く読んだら『退学』に『届け!』って間抜けの願望みたいで笑っちゃう……ほんで自分で書いてもダメで、学校の指定の用紙で書かなきゃならないって、でも、学校に行く勇気出なくて……」

「なつき……」

 ちょっと言葉が続かない。

「だって、スマホにもネットにも『おまえがヤメロ!』って書き込みが一杯で、もう、とってもやってけないよ」

 それはその通り、心無い書き込みは、学校のホームページだけでなく、普通の生徒たちにも中町高校というだけで書きこまれている。生徒全員じゃないだろうけど、マスコミとかネットで叩かれまくって、そのいら立ちをなつきに向けてくる奴もいる。

「そんなの、わたしが許さない! そんなやつら、わたしがやっつけてやる、わたしは中町高校のプレジデントなんだから! なつきは会計だろ、会計は会長の部下なんだよ、部下が困ってる時に助けるのは会長の役目なんだからね! 任せとけ!」

 啖呵は切ったが当てがあるわけじゃない。

 でも、親友だったら、当てがあろうがなかろうが、ドンと胸を叩いておくのが当たり前だと思った。

 これでも、江戸の昔から数えて十三代目の江戸っ子なんだから!

 

 胸を叩いたところで、スマホが鳴った。

 

☆ 主な登場人物

  •  田中 真凡(生徒会長)  ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
  •  福島 みずき(副会長)  真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
  •  橘 なつき(会計)     入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 
  •  北白川 綾乃(書記)   モテカワ美少女の同級生 
  •  田中 美樹         真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
  •  柳沢 琢磨         対立候補だった ちょっとサイコパス 
  •  橘 健二           なつきの弟
  •  藤田先生          定年間近の生徒会顧問
  •  中谷先生          若い生徒会顧問

 

 

 

 


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