通学道中膝栗毛・21
巻き爪が治っていなければ、こんな格好はしていない。
どんな格好かというと、完全無欠のメイドさんのコスであったりするのだ!
それも天下のコウドウ! コウドウってのは誰でも通れる普通の道ってことで、コスプレ写真をとるために学校の講堂にいるわけじゃない。漢字で書くと公道なのよ!
それもそれも、ありきたりの、そこらへんにある公道じゃなくて、神田明神通りが中央通に交差する手前。駅前ほどの賑わいじゃないけども、アキバのあちこちに人が流れる中間点になっていたりする。
そこで、チラシの束を胸に抱え道行く人たちに配ろうとしている。
「え、あ、ここで?」
わたしのすぐ横でくっ付くようにしている鈴夏は、心なしか震えている。二人はお揃いの黒のメイド服。
お人形さんのようなパフスリーブに膝上ニ十センチのスカートの中にはフワフワのパニエ、ヒラヒラいっぱいのエプロンドレス。ヘッドドレスはカチューシャの簡易型だけど、スカートとストッキングの間、いわゆる絶対領域にはガーターベルト。
「今日は、とりあえずチラシ撒くだけでいいわ。赤くなってもいいから、とにかく笑顔でね。きちんとレクチャーしてあげたいけど、お店もあるしね。まわりは他店のメイドがいっぱいいるから、様子見ながら慣れるといいわ。ま、無理しなくていいからね」
お世話係の先輩メイドのリボンさんは行ってしまった。
アキバでメイドする羽目になったのは、食堂での西田さん。
心ここにあらずって様子で私の後ろでつまづいて、ラーメンの汁をかぶってしまったのは前回のこと。
西田さんは、一生分のゴメンナサイで謝ってくれたんだけど、落ち込みようが普通じゃないので事情を聴いたわけ。
西田さんはアキバでメイドのバイトをやってたんだけど、成績が落ち込んで、親からも先生からもバイトを禁止されてしまった。もう一年もやっている西田さんはお店でも主力メンバーで、抜ける西田さんも、抜けられるお店も痛手なんだ。
場所を食堂から更衣室、そして中庭に移すうちに西田さんは閃いた。
「よかったら、小山内さんやってみない!?」
「え、わたしが!?」
「うん、人あたりいいし、聞き上手だし、それにプロポーションもいいし、メイドにバッチリ向いてるわよ!」
巻き爪を患っていたころなら悪魔祓いみたいに「ムリムリムリ!」って両手をワイパーみたく振っていた。でも、心の中で――やれるかも!――という声が高鳴った。鈴夏とセットならやってもいいか……!
いきなり接客とかだったら敷居が高いと心配していたんだけど、初日はビラまき。まあ、アキバ激戦区の雰囲気に慣れろということらしい。
やっぱ、遊びにくるのとは違う。
なんといっても視線を感じる。
視線と言っても、ジロジロというようなものじゃなくて、チラ見の視線。なんというか線香花火がお終いの方でチリチリするような視線。中には向かいのビルのガラスに反射しての視線もある。
「鈴夏、背中が……」
「え、あ、う……」
スイッチが入ったみたいに背筋を伸ばす鈴夏。わたしもガラスに映して姿勢を正す。
「栞、イケてる感じだよ」
「そ、そう(^_^;)」
「うん、みんな栞のこと見ていく」
「え、そっかな💦……メイド喫茶ピュアです、ありがとうございます~ 鈴夏手が停まってる」
「アウ、ピュ、ピュアです~」
わたしの通学路、週二回のアキバ編が加わりました(^▽^)/