鳴かぬなら 信長転生記
豊盃には無事に入ることができた。
茶姫にもらった手形は掛け値なしの本物のようだ。
「ちょっと緊張した」
通関を済ませると、無意識に深呼吸するシイ(市)。
「あ、ヤバイよね、こんな緊張してちゃ」
「そうでもないぞ、周りを見てみろ」
「え、ああ……」
さすが南部の首邑、それも我が転生国との戦を前にして、人の出入りが激しい。
急な徴募のために、万余の新兵や兵役志願、加えて、その部隊を養うための輜重部隊、工兵隊などが移動して来ている。部隊移動を当て込んだ商売人や風俗の者たちも、その倍ほども入関している。
その多くは、豊盃のような大都会には縁のない若者たちで、いずれも、豊盃の大きさと活気にあてられて、頬を染めている者ばかりだ。
「みんなお上りさんだぁ(^_^;)」
「ほんとにな」
「深呼吸しているのはシイだけじゃないぞ」
「アハハ、走り回ってるやつも居る」
ほかにも、やたらと写真を撮るやつ、飲茶や屋台の店をハシゴするやつ、方向や目的地が分からず、地図と睨めっこするやつ、迷子の仲間を探すやつ。とにかくゴチャゴチャしている。
「安土の賑わいよりもすごいねえ」
「当たり前だ、安土は16世紀の街だぞ」
「ここは、新旧ごっちゃだね」
「ああ、そうだな……」
言われてみると、ちょっと危なかしいほどに統一感が無い。
中国の古い胡同(フートン)に見まごう町があるかと思えば、その向こうに原色のビルが建っていたり。我勝ちに付けられた看板も、墨痕あざやかな繁体字もあれば簡体字も、中には横文字やハングル、日本語に横文字まで入り乱れ、看板自体も電飾が付けられたり、今風のパネルディスプレーであったりする。
「見てよ、ファッションも、まるでコミケのコスプレだよ!」
「なかなかの傾き(かぶき)ようだな」
多いのは三国時代か水滸伝かという感じの中国風だが、現代風やモダンレトロのチャイナドレス、人民服、上海あたりのニューファッションからファッションモンスター的な者までぞめき歩いている。
ガタガタ プシュー ガタガタ
振り返ると、自動車と言うよりは汽車と呼んだ方がいいのが、馬と並んで走っている。
「でも、飛行機とかドローンはないんだね」
「それは、転生の街でもないだろう」
自分で言って思い当たった。
転生の国は、ほとんど今風の日本国だが、転生してきて以来、飛行機を見たことが無い。
二宮忠八という飛行機の神さまめいた者もいるが、奴も飛ばしているのは紙飛行機だけだ。
キャー! ウワア!
悲鳴に振り返る。
「なんか揉めてる?」
「関所の役人と……あの顔は、曹素の手下だ」
どうやら、曹素の手下が関所で揉めて役人に制止させられている。
「あ、なんか、こっち見てる」
「退散した方がいいようだな」
「うん、曹素のやつ、まだ諦めていないんだね。しつこい男は嫌われるっちゅうの!」
シイ(市)の眉間に皴が寄る。本気で怒ってるぞ。
「あ、こっちも!」
角を曲がると、同じように手下と巡邏の兵隊が揉めている。
「チ!」
それから、二三度道を変えるが、そこでも揉めている。
道幅があるので、シカトして通過することもできるのだが、シイは目にするのも穢れとばかりに踵を返す。
「「あ?」」
いつの間にか『曹茶姫将軍本営』の前にまで来てしまったぞ。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍