せやさかい・282
堺の街では、グー・チョキ・パーで勝ち負けを決めるのをジャンケン。あるいはインジャンと言います。
そのジャンケン、あるいはインジャンを、さっきから五人でやって、五回も失敗してます。
なんで失敗かというと、揃わへんのです。
「ジャンケンホイ!」「ジャンケンで、ホイ!」「ジャイケンホイ!」「インジャンホイ!」の四種類があるからです。
お祖父ちゃんが「インジャンホイ!」
おっちゃんが「ジャイケンホイ!」
テイ兄ちゃんが「ジャンケンで、ホイ!」
あたしと留美ちゃんが「ジャンケンホイ!」
一回目、みんなバラバラで揃えへんかった。
そうでしょ、掛け声がちゃうさかい「ホイ!」がズレるだけちごて笑ってしまう。
「え、なにそれ?」「ちょ、ちゃうやんか!」「ちがいますねえ(^_^;)」「ちょ、揃えようやあ!」
掛け声を揃えていうことになるねんけど、みんな、子どものころからのやり方があって、簡単には引き下がれへん。
「じゃ『ホイ!』のタイミングにだけ気を付けて、みんなでやり直しましょう!」
留美ちゃんが穏当な妥協案を提示するんやけど、『ホイ!』を言う前に誰かが笑ってしまって勝負になれへん。
で、なんでジャンケンしてるのかと言うと、あたしと留美ちゃんの卒業式に出る人を決めてるんです。
え……なんで、自分の卒業式やのに、自分が参加してるかて?
それはね、おばちゃんの代わりをうちが。詩(ことは)ちゃんの代わりをうちがやってるからです。
二人とも留守?
いえいえ、二人ともソファーに座って笑てます。
「ぜったい笑っちゃうから代わって」と、おばちゃんも詩ちゃんも言うからです。
じっさい、やってみて笑いっぱなしやねんけどね。
実はね、コロナのために参列は保護者一名に限られてるんですよ。
それで、家族みんなでジャンケンをやってるという次第です。
お祖父ちゃんは、いちばん古くて「インジャンホイ」
おっちゃんが「ジャイケンホイ」
テイ兄ちゃんが「ジャンケンで、ホイ」
うちと留美ちゃんは「ジャンケンホイ」
「昔は、みんなインジャンやった!」
お祖父ちゃんが譲らんもんやから、おっちゃんもテイ兄ちゃんも自説を曲げません。
まあ、ジャンケンごときで笑えるんは家族円満な証拠やねんけど、これではラチがあきません。
「しかし、一家にひとりだけいうのは殺生やなあ」
テイ兄ちゃんが根源的な文句を言う。
「まあ、スペイン風邪以来やさかい、しゃあないなあ」
「お祖父ちゃん、スペイン風邪罹ったん?」
「わしは、そこまでの年寄りやない」
「スペイン風邪て、大正時代やからなあ」
「あ、もう百年も前なんですねえ!」
年号言われて、すぐに何年前か言える留美ちゃんはさすがや。
「じゃあ、いっそ、阿弥陀くじでやったらどうですか?」
「おお、いかにも真宗のお寺いう感じやなあ」
おばちゃんの提案にテイ兄ちゃんが賛成して、さっそくあみだくじ。
「じゃ、さっそく作るわね」
詩ちゃんが、広告の裏を使ってあみだくじを作る……。
「やったー、おばちゃんの勝ちでーす!」
おばちゃんが栄冠を勝ち取る。
「あんたも、自分で『おばちゃん』いうようになったんやなあ……」
おっちゃんが、半分負け惜しみで、それとなく嫌味を言う。
「そういうあなただって、近所の子供に『おじいちゃーん』て呼ばれてたじゃないですか」
「あ、あれは、ちゃんと『おっちゃーん』て言いなおしよったで」
「そう言わなきゃ、ボール拾ってもらえないからでしょ」
詩ちゃんが止めを刺して、食後のリビングは笑いに包まれました。
「せやけど、オレ、行きたかったなあ……」
テイ兄ちゃんが組んだ足の指をクネクネさせながら悔しがる。
「まあ、こんなご時世やさかい、しゃあないなあ」
「さくら、おまえ、なんで嬉しそうやねん!?」
「ああ、せやかて、たった一名の枠を巡って、家族みんなで熱くなれるんは嬉しいやんか」
「あ……せやなあ、さくら、ええこというなあ」
「ちょ、お祖父ちゃん、髪の毛クシャクシャにせんとってえよ(^_^;)」
「お茶、淹れなおしましょうか?」
「あ、わたしやるわ」
おばちゃんと詩ちゃんがお台所に向かうと、留美ちゃんがスマホを掲げた。
「二人いけますよ!」
「「「「「え?」」」」」
「先生にメールしたんです、そしたら、わたしとさくらとで二軒分の枠があるらしいです!」
あ、そうか。
そういうことで、もう一人を阿弥陀くじで選ぶことになりました。
せやけど、それって、うちと留美ちゃんは別の家の子やいうことやねんけども、これは気ぃつかへんかったいうことにしました。
あしたは、公立高校の入試。
あさっては卒業式の予行。
その次が、いよいよ卒業式です……。