コッペリア・26
「咲月はね……あ、駆潜艇咲月の方ね……」
栞がカツ丼を食べる間に、咲月は要領よく、自分とひい爺ちゃんと落第したことについて語った。
ひい爺ちゃんは駆潜艇咲月の艇長で、ペリリュー島が玉砕する半年前に、島の住人を他の島に移動させる任務についていて、最後は本土に帰る民間人を小さな艇内に乗せられるだけ乗せて、他の輸送船を護衛しながら日本に帰ってきた。途中米軍の攻撃を受け、船団の半分が沈められた。
咲月は小型の駆潜艇ながら、敵の潜水艦を一隻撃沈するという武功があったが、ひい爺ちゃんは、表面はともかく内心では喜べなかった。デッキにまで一杯になっていた民間人の何人かが、激しい操船のために海中に投げ出され、ほとんどは救助したが、少女が一人見つからなかったのだ。
この少女は宝塚歌劇団志望で、その音楽学校に入ることを夢見ていた。
しかし、ひいお爺ちゃんは知っていた。
宝塚音楽学校は昭和十九年から、無期限で募集を停止していたことを。
でも、そのことは言わなかった。
過酷な日本までの航海、少しでも夢があった方が元気でいられるからだ。
昭和二十年になって乗組員の移動があった。
そしてなんという偶然だろう。
新任の機関長は商船学校あがりの中尉で、その妹が、あの宝塚少女だった。
しかし、触雷して沈没するまで、機関長に少女について話すことは無かった。
触雷で、機関長を含む半分の乗組員が亡くなり、衝撃で海に投げ出されたひい爺ちゃんは生き残った。
戦後、ひい爺ちゃんは戦時中のことは、ほとんど語らなかった。
咲月は小学校入学以来のAKPファンで、咲月に目のないひい爺ちゃんも、いっしょにAKPのファンになってくれた。
咲月は、そんなひい爺ちゃんが大好きだった。
「AKPは宝塚に似てるなあ……どうだ、咲月もオーディション受けてみないか」
そう言い始めたころ、ひい爺ちゃんはめっきり衰え始めた。
「咲月は、あの南の海で行方知らずになった女の子と同じ目をしている。咲月は向いているよ」
けして、ひい爺ちゃんのためと言うようなことではなく、自分の乏しい才能を言い当てられたような気がして嬉しかった。
遅まきながら、咲月は歌とダンスのレッスンに通いだした。
なんとか、ひい爺ちゃんが生きている間にオーディションに通りたかったのだ。
そして、勉強そっちのけでレッスンした結果、オーディションは落ちて学校の成績も悪くなった。
「オーディション受かったよ!」
ひい爺ちゃんには、そう言っておいた。
「そうか……よかったな」
ひいお爺ちゃんは、その言葉に頷いて亡くなっていった。
学校のみんなは、身の丈に合わない夢を追いかけて落第したダメな咲月としか見て居なかった。
栞に話し終えて、少し気持ちが楽になったような顔になったが、まだ芯からのわだかまりは解けない顔の咲月である。
「もう少し話していたいけど、鐘が鳴るわ。明日また話、いい?」
「う、うん……」
放課後に話しても良かったのだが、咲月のとんがったところが少し丸くなって話をした方がいいと思う栞だった。