勇者乙の天路歴程
022『ヤガミヒメとフェイクたち』
※:勇者レベル4・一歩踏み出した勇者
高床式の前に立つと、恭しく一礼する白兎。
なんだか、神主に先導されてお参りしているようで、自然と倣ってしまう。
パィーーーーーーン……
手のひらを微妙にすり合わせるような所作も神主風で、軽く打ったにもかかわらず、森の巨木たちをピリッと震わせ、余韻を残しつつ空気を引き締めていく。
「かむながらの世界だ……」
思わずつぶやいて、下げた頭が上げられない。視野の端に、わたし以上に畏まったビクニが見える。
十秒あまりそうしていただろうか、やがて、階(きざはし)の上の扉が静かに開いた。
ゴクリ
息をのむこと数秒……なんだか真珠湾攻撃に際し天皇陛下から出師のお言葉を賜る山本大将……トラトラトラ!
……古希を迎えると例えも古くなる。
こっちよ……こっちこっち。
え?
後ろから囁きがして、白兎が振り返る。
つられて振り返ると、背後の巨木の陰から形のいい手がヒラヒラとわたしたちを招いている。
「ああ、もう、姫さま、警戒のし過ぎ!」
「だってぇ、何があるか分からないでしょ」
「そうですけどねえ」
「文句はあとで聞きます。とりあえず、中へどうぞ」
誘われて階を上る。みんなが上り終えると階は地中に収納されてしまう。
「いざという時は、この高床式ごと格納することもできるのよ。はい、中へどうぞ……」
おお!?
見た目は、それこそ登呂遺跡の高床式倉庫ほどだが、扉を潜った中学校の体育館ほどの広さがある。
上中下三段になった床は全体に板張りなのだが、中央には朱色の絨毯が敷かれ、両脇には幾重にも薄物の幔幕がひかれて最上段の御座を荘厳している。
下段の幔幕の下には、ヤガミヒメに似た装束の侍女たちが、中段にはそれより身分の高そうな侍女が四人……そして、驚いたことに、上段の玉座にはヤガミヒメそのものが、スポットライトに照らされたよう。神々しくも女王然と笑みをたたえて収まっている。
これは……?
「あ、これはフェイクです。敵が侵入してきたときは、万一に備えて、ね白兎(^_^;)」
「もう、姫さま。フェイクたって、ギャラ払ってんですからね。みんなお疲れさま、今日はもういいよ。これは再来月の振り込みになるからね」
ええ、再来月ぅ!?
白兎の説明に口を尖らせるフェイクたち。
「20日締めの25日払いだから、帰りはちゃんとタイムカード押してねえ」
「もう、割増しつけてよねぇ」「新しい服買ったのにい」「来月もコンビニ弁当」「あたしはのり弁」「あたしは、一食減らさなきゃあ」
愚痴を言いながら消えていくフェイクたち。
「あはは、みんな式神なんですけどね。姫さまの趣味で女子大生風の設定にしてますんで、いやはや(^_^;)」
「さあ、お二人とも、こちらへ」
中段の間に座椅子が四つ現れ、笑顔で誘うヤガミヒメ。
姫に倣って席に着くと、下段の幔幕の陰で姫のフェイクにヘコヘコ頭を下げている白兎。
「ほんとうに式神なんでしょうかぁ……」
ビクニが心配そうに、でも、少し面白がって呟いた。
☆彡 主な登場人物
- 中村 一郎 71歳の老教師 天路歴程の勇者
- 高御産巣日神 タカムスビノカミ いろいろやり残しのある神さま
- 八百比丘尼 タカムスビノカミに身を寄せている半妖
- 原田 光子 中村の教え子で、定年前の校長
- 末吉 大輔 二代目学食のオヤジ
- 静岡 あやね なんとか仮進級した女生徒
- ヤガミヒメ 大国主の最初の妻 白兎のボス
- 因幡の白兎課長代理 あやしいウサギ