明神男坂のぼりたい
さすがに当日切り出すのは気が引けた。
なにがって?
クラブ辞めることだよ。
芸文祭は、意外にいけた。
『ドリーム カム トゥルー』は、女子高生の恋心を描いたラブコメ。
で、一人芝居なもので、主役のあたしは、舞台には登場しない彼氏に恋心を抱いてなくっちゃならない。
それも片思い。
そのリリカルな描写が良かったと、講師の先生からも誉められた。
瞬間、いい気持ち。
この芸文祭、ちょっと気になることがあった。
なにか言うと、お客さんの入りが良かったこと。
いいことなんやけど、気になる。
誰に聞いても、こんなに入ったことはないそうだ。ホールはキャパ434だけど、いつもはせいぜい80人ぐらいしか入らない。それが倍近くの150人ほど入っていた。
あの美咲先輩でさえ、嬉しそうにしていた。
もちろん役者のあたしとして、嬉しくないはずはない。
ところが、この奇跡は、T高校のお陰だ言うことが、よく分かった。
T高校は、一昨年都大会で一等賞になり、関東大会でも一等賞。
で、全国大会でも一等賞。
審査委員長の平目オリダのオッサンも大激賞! 旭新聞が文化欄三段記事で誉め倒していた。ちなみに他の新聞は、どこも書いていない。去年の本選の審査員に来ていたのが旭新聞の文芸部のオバチャン。
その繋がりなんだろうなあ。
しかし考えたら、それだけ大騒ぎして、434のキャパが一杯にはならない。まあ、世間の高校演劇のとらまえかたというか関心はこの程度。
やっぱり部活としてはトレンドではない。
それで、T高校の芝居が終わったら、潮が引くように観客が減っていく。最後のあたしたちの芝居の時は100人を切った。それでも例年の三割り増しぐらいにはなっているらしい。
もう一つ分かったこと。
うちの『ドリーム カム トゥルー』は井上むさしさんの作品なんだけど、この作品に教育委員会は書き直しを言ってきたらしい。
別に差別的な表現があった訳では無い。Hな表現があったわけでもない。
なんでも「死を連想させるような表現はNG」いうことで、連絡を受けた井上むさしさんは激おこぷんぷん丸だったらしい。教育委員会は「死なさないで、海外留学に行ったいうようなことで」と言ったらしい。
それまでは「チャコの一周忌」いう言葉が「チャコが眠り姫(植物状態)になってから一年」に変わった。ちょっとした言葉の変更だから気にもとめなかった。
井上さんのツイートで初めて分かった。年末にS高校で、生徒が自殺するいう事件があった。あれからというか、あれを過剰に意識してんのんかと思った。
そりゃあ、S高校の自殺をネタにしたのなら、まだ四十九日にもならないから問題だろう。
でも、この芝居はS高校とは関係ないし、取り組みはそれ以前から。
それに、うちの芝居に出てくる死は病死、自殺じゃない。それも、話の背景として出てくるだけだ。
羹に懲りてなますを吹く……この例えあってるかな?
今日は、反省会と後かたづけ。
まず、後かたづけ。
これは真面目にやった。立つ鳥跡を濁さずです。
で、美咲先輩が言う前に宣言した。
「あたし、今日で演劇部辞めさせてもらいます!」
先輩らも東風先生もびっくりしていた。しばらく沈黙が続いたあと、先生が口を開いた。
「美咲も辞めるって言ってる。明日香も辞めたら、四月から部員ゼロになる」
承知の上です。
「ま、それはいいんだ」
え、なんでサラリと言えるわけ?
「新入生を二三人入れて鍛えたら、いまぐらいの演劇部はなんとかなる」
え、え、そうなの?
「しかし、クラブ辞めたら、三年なったときに調査書のクラブの欄は空白になる。損するでえ」
ほんと!? そんなことぜんぜん考えてなかった。
「だから、籍だけは置いときな。部活に来る来ないは勝手にしたらいい。じゃ反省してもしかたないか。今日はこれで解散!」
まるで、急な出張が入って授業中断するような気楽さで、南風先生は言った……。
まあ、ええわ。
辞めることに違いは無い。
ああ、辞めてやった!
帰り道、拝殿前に立って明神さまにご報告。
―― 坂 降りる時は気を付けるんだよ ――
え、明神さま怒ってる?
言われた通り、気を付けて降りる。
気を付けたせいか、なんとも無かった。
※ 主な登場人物
- 鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
- 東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
- 香里奈 部活の仲間
- お父さん
- お母さん
- 関根先輩 中学の先輩
- 美保先輩 田辺美保
- 馬場先輩 イケメンの美術部
- 佐渡くん 不登校ぎみの同級生