漆黒のブリュンヒルデQ
ちょっとちごっかもしれん
風呂上がりの髪を乾かしながら玉ちゃんが呟く
空には、間もなくコンプリートしそうな月食の月。なにかの閃きが居候の神さまにあるのかもしれない。
「寅どん(吉田松陰)も望東尼どんも、彼んこっ『高杉どん』て呼んじょったんじゃね?」
「あ、うん。二人とも受け持ちの生徒かクラスメートを心配する感じだったよ……なにか?」
「うん、思い出したたっどん、高杉晋作は亡くなっ二年前に谷と苗字を変えちょっ。名前は潜蔵、谷潜蔵が最後ん名前やったじゃ」
「でも、それって、身を隠すための偽名とかじゃないの? 晋作って、ずいぶん敵も多かったみたいだし」
「うん、じゃっどん、名前を変えたんな藩命で、高杉ん籍も離れっせぇ、録も新知に百石になっちょっで正式やっど。寅どんも松下村塾んしたちも、そげんケジメはしっかりしちょっで」
「そうなんだ……玉ちゃんも、俄然詳しくなってきたねえ。うちへ来たころは、千数百年ぶりの人の世の中なんで、こっちも玉ちゃんも戸惑うことばっかりだったけど、なんだか、わたし以上に詳しくなってきてない?」
「うん、あたいは荒田八幡宮からは出らんやったじゃっどん、参拝に来っしは多かったでねインプットはされちょっみて。ただダウンロードされたアプリみてなもんせぇ、解凍せんな使い物にならんのじゃなあ」
「そうか……わたしのはウィキペディア的だからね。そういう玉ちゃんの助言は助かるわ……で、なにか気にかかる?」
「うん、プラスマイナス両方あっかなあ……」
「プラマイ?」
「一つは、寅どんも望東尼どんも、妖か物ん怪的なものが化けちょっとかもしれん……そいが、高杉晋作んこっが目障りで、ヒルデにやっつけさせようとしちょっとかも……」
「それは怖いな」
「もう一つは、ヒルデにもあたいにも分からん長州人の機微があっせぇ、旧姓ん高杉で通しちょっとかも……」
「玉ちゃんは、どっちだと思う?」
「うう~ん……月食はあたいん潜在能力を喚起すっどん、今夜は天王星がねえ……」
「天皇制?」
「お星さぁん天王星じゃ。土星と海王星ん間んお星さぁ」
「ああ、天王星」
「そん天王星が、何百年被りん惑星食で姿が消えちょっ……あや、あたいん能力を引き起こすシッチになっちょっみて……」
「シッチ?」
「スイッチんこっじゃ……ああ、髪も乾いて眠うなってきた……わり、ヒルデ、先に寝させてもらうわ……」
「ああ、ありがとう、お休み……もう寝てるし(^_^;)」
煌々と星々は輝くも月が見当たらない夜空は、どこかとりとめがない。
海王星なんて、太陽系の七番惑星としか知識には無かった……いや、我が北欧神話にも、なにかしら言い伝えがあるのかもしれないが、戦に明け暮れていたわたしには無縁の星だった。
こんど親父(主神オーディン)と話す機会があったら、話の枕にでも聞いてみるか。
☆彡 主な登場人物
- 武笠ひるで(高校二年生) こっちの世界のブリュンヒルデ
- 福田芳子(高校一年生) ひるでの後輩 生徒会役員
- 福田るり子 福田芳子の妹
- 小栗結衣(高校二年生) ひるでの同輩 生徒会長
- 猫田ねね子 怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく
- 門脇 啓介 引きこもりの幼なじみ
- おきながさん 気長足姫(おきながたらしひめ) 世田谷八幡の神さま
- スクネ老人 武内宿禰 気長足姫のじい
- 玉代(玉依姫) ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま
- お祖父ちゃん
- お祖母ちゃん 武笠民子
- レイア(ニンフ) ブリュンヒルデの侍女
- 主神オーディン ブァルハラに住むブリュンヒルデの父