銀河太平記・232
作業の邪魔をしてはいけないので、そうそうに車に戻るアル。
張村長が恵比須顔で見送ってくれる。
車に乗って走り出しても笑顔……米粒みたいに小さくなっても笑顔アル。
「なにか隠してるアルなぁ」
「バンの中に別の看板隠してたよ」
「え、そうなのか?」
「うん、悟兵のことは、もう少し前から気づいていて隠してたみたい」
「なんの看板アルか?」
「漢明の志願兵募集の看板、こんなの……」
車のフロントガラスに看板の内容が映し出される。
「アイヤー、見ても居ないのに分かるアルかぁ」
「村長は見てるからね、ちょっと頭を覗いて見た」
「なるほどぉ……」
東鈴の能力にも驚いたアルが、看板の内容にも驚いたアル。
―― 志願兵募集 一年任期 一時金5000両 月給700両 二年任期 一時金8000両 月給750両 三年任期 一時金10000両 月給800両 希望者に漢明国籍付与、ほかにも各種特典 任務内容:主に後方輸送任務 ――
「漢明軍のホームページにアクセスしたら、今日付けで同じのが出てる。うち以外にも、旧漢明構成国、外国にもネットで流し始めてるし」
「ほう……」
昔の軍隊とは違うアル。
うちの老婆婆(小鈴)のように100%天然ボディーでなければ、いくらでもハードやソフトを入れ替えて、昔なら半年はかかった新兵訓練は三日で済ませられるアル。
「まあ、たいていは周辺諸国への脅しでしょうけどね。マンチュリアは不景気だからけっこう応募者いるでしょーね」
「ああ、おそらくは……東鈴」
「なにぃ?」
「株式市況と政府投資、運輸状況、発電状況、軍の移動、周辺諸国の反応データ出して欲しいアル」
「もう、運転中なんですけどねえ」
プータレながらもデータを出してくれる。
心配したような状況ではないが、ちょっときな臭いと頭の奥で言う者があるアル。
「老婆婆、しばらく旅に出るアル」
家に戻るって宣言すると、こめかみに膏薬を貼った顔を向けてくる老婆婆。
「もう、少しは落ち着いてくださいましよ。仕事の指図は外に出ていても出来るんでしょうけど、東鈴みたいなこともあります。気が付いてからでは遅いんでございますよ」
「ああ、分かってるアル」
「それに、もう小爺(シャオイェ)も若くないんですから跡継ぎのこともお考えにならないと」
「まだ、やっと六十アル」
「やれやれ、お供は……」
「儂、一人でいいアル」
「そうはいきません、そうだ鈴麗をお連れないさいまし」
「なんで鈴麗?」
「あの子なら、いい赤ちゃんを産みますよ」
「ムグ……(-_-;)」
「大丈夫、鈴麗は機械化率は10%未満ですから問題ありません」
「鈴麗はそういう対象ないアル」
「そうでございますかぁ、この老婆婆、五十も若ければねえ……なんでしたらお試しに(ㆆωㆆ) 」
「か、勘弁して欲しいアル(;'∀')」
「冗談でございますよ、とにかく鈴麗をおつれなさいませ」
「いや、それほど言うなら東鈴にしとくよ!」
「年寄りの言うことはお聞きなさいまし!」
「ああ、もう時間ないから、行くアルヨ!」
なんとか振り切って駐車場に向かい、歩きながらハンベで東鈴に指示を飛ばす。
「ちょっと遅かったアルな」
「老婆婆に掴まってたのよ」
「小鈴なにか言ってたアルか?」
「真面目な顔してこう言ってた『東鈴、あんた世界最高水準のロボットだろ、〇〇能力はないのかい?』って」
「なに考えてんだろうねえ、あの老婆婆は……」
「真剣なのよ、あんたの代で孫家をつぶしたくないって」
「親父の代からいるからなあ……」
「じゃあ、出すよ」
「おお」
飛行モードにした車は高度をとって南を目指したアル。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑月面軍三等軍曹、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑幕府北町奉行所与力 扶桑政府老中穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) ピタゴラス診療所女医、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑科学研究所博士、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任 じつは山野勘十郎 月で死亡
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人 乳母の老婆婆の小鈴に頭が上がらない JR東と西のオーナー
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官 PI後 王春華のボディ
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書 JR西のボディー 劉宏にPI
- 胡 盛媛 中尉 胡盛徳大佐の養女
- 朱 元尚 大佐 ホトケノザ採掘基地の責任者 胡盛徳大佐の部下だった
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王
- ピタゴラス 月のピタゴラスクレーターにある扶桑幕府の領地 他にパスカル・プラトン・アルキメデス
- 奥の院 扶桑城啓林の奥にある祖廟