ベルボーイがチップを取らないことに驚いた。
アメリカじゃ、当たり前にチップを取る。ほんの一ドルかそこいらなんだけど、部屋まで荷物を運んでくれたベルボーイは笑顔で、やんわりと無言で――けっこうです――の意思表示をした。
そして、入った部屋にびっくりした。
さすがにスイートではないし、広さも千代子と二人で使っている部屋とあまり変わりはなかったが、その清潔さは世界一だ。洗面台やバスは、まるで自分たちが初めて使うようにピカピカで、水滴一つついていない。アリスは、バスのカランの裏側まで見たが、そこもピカピカで、むろん髪の毛一本落ちていない。
窓からは、大川の向こうに大阪城がライトアップされて、とてもファンタスティック。
やっぱ、千代子と東クンが……とは、思わなかった。もう吹っ切って千代子とパジャマパーティーのノリでやるつもりだ
アメリカじゃ、当たり前にチップを取る。ほんの一ドルかそこいらなんだけど、部屋まで荷物を運んでくれたベルボーイは笑顔で、やんわりと無言で――けっこうです――の意思表示をした。
そして、入った部屋にびっくりした。
さすがにスイートではないし、広さも千代子と二人で使っている部屋とあまり変わりはなかったが、その清潔さは世界一だ。洗面台やバスは、まるで自分たちが初めて使うようにピカピカで、水滴一つついていない。アリスは、バスのカランの裏側まで見たが、そこもピカピカで、むろん髪の毛一本落ちていない。
窓からは、大川の向こうに大阪城がライトアップされて、とてもファンタスティック。
やっぱ、千代子と東クンが……とは、思わなかった。もう吹っ切って千代子とパジャマパーティーのノリでやるつもりだ
「あと二週間なんだね……」
千代子がポツリと言った。
――そうだ、あと二週間で、日本を離れなければならない。―
バカみたいだが、アリスは全然忘れていた。日本に来て、いや、大阪に来ての半年考えもしていなかった。特に、この十日あまりは、千代子と東クンを、どうゴールインさせるかで、月日のたつのを忘れていた。
「ほら、あそこの駅ね、桜宮いうて、季節になったら、満開の桜で一杯になるのんよ」
「惜しいなあ、もう一カ月のばせたらなあ……」
「あっちいくと……」
「造幣局の通り抜けやろ?」
「なんや、アリス知ってんのん?」
「うん、となりのオバアチャンから、よう聞いたわ。そのオバアチャン、娘時代に、通り抜けでダンナさんと見合いしたんやて」
「うわー、素敵やなあ。そのダンナさんといっしょにシカゴに移住しはったん?」
「……ううん。ダンナさんは、すぐに戦争に行って戦死」
「え……ほんなら?」
「戦後大阪に来た進駐軍のダンナさんに出会うてオンリーさんにならはった」
「オンリーさん?」
「なんや、千代子、なんにも知らんねんなあ……」
それから、アリスはTANAKAさんのオバアチャンから聞いた話をした。
「ほら、あそこの駅ね、桜宮いうて、季節になったら、満開の桜で一杯になるのんよ」
「惜しいなあ、もう一カ月のばせたらなあ……」
「あっちいくと……」
「造幣局の通り抜けやろ?」
「なんや、アリス知ってんのん?」
「うん、となりのオバアチャンから、よう聞いたわ。そのオバアチャン、娘時代に、通り抜けでダンナさんと見合いしたんやて」
「うわー、素敵やなあ。そのダンナさんといっしょにシカゴに移住しはったん?」
「……ううん。ダンナさんは、すぐに戦争に行って戦死」
「え……ほんなら?」
「戦後大阪に来た進駐軍のダンナさんに出会うてオンリーさんにならはった」
「オンリーさん?」
「なんや、千代子、なんにも知らんねんなあ……」
それから、アリスはTANAKAさんのオバアチャンから聞いた話をした。
――ウチは、幸せな方や。ダンナがちゃんと結婚してくれて、アメリカに渡って生きてこれた……――
TANAKAさんのオバアチャンは、それ以上のことは言わなかったけど。同じような境遇の女性が不幸になったことは、オバアチャンの無言の語尾で、アリスにも分かった。
TANAKAさんのオバアチャンは、それ以上のことは言わなかったけど。同じような境遇の女性が不幸になったことは、オバアチャンの無言の語尾で、アリスにも分かった。
「ふうん……そんなことがあったんやねえ」
「なんで、アメリカ人のウチが、日本人のあんたに説明せなあかんのよ」
「せやかて、習うたことあれへんもん」
「なんや、けったいやなあ」
「ほんまやなあ……千代子の気持ちも分からんくせに、ウチて、変なとこで日本に詳しい。けど、その詳しいことは、ほとんど今の日本にはあらへん」
「なあ、アリス」
「なに?」
「アメリカ帰ったら、何すんのん」
「となりのオバアチャンに、大阪の話したげる」
「ちゃうやん。その先」
「ああ、進路か?」
「大学いくんやろ?」
「うん。この留学で、ハイスクールの単位はみんな取れるよって。大学で日本の勉強するわ」
「ああ、そう……ちゃんと考えてんねんね」
「当たり前やん、うちの人生やねんから」
「そやけど、えらい!」
「ああ、そう……ハハハハ」
何を思いついたのか、アリスが笑い出した。
「どないしたん!?」
「発見した!」
「なにを?」
「『ああ、そう』は英語の『are so』と言葉も意味もいっしょや」
「ほんま?」
「うん、今の会話で気いついた……日本て、不思議な国や」
「アリスも不思議なアメリカ人や」
「あ……星が流れた!」
「ほんま!?」
「星に願いを……間におうた!」
「あ、アリスだけズルイ」
「ほんなら千代子も、空見ときいや」
「うん、バレンタインの流れ星。なんか効き目がありそうやなあ!」
そうやって、春まだ浅い夜空を見ているうちに眠ってしまうアリスと千代子であった……。
「なんで、アメリカ人のウチが、日本人のあんたに説明せなあかんのよ」
「せやかて、習うたことあれへんもん」
「なんや、けったいやなあ」
「ほんまやなあ……千代子の気持ちも分からんくせに、ウチて、変なとこで日本に詳しい。けど、その詳しいことは、ほとんど今の日本にはあらへん」
「なあ、アリス」
「なに?」
「アメリカ帰ったら、何すんのん」
「となりのオバアチャンに、大阪の話したげる」
「ちゃうやん。その先」
「ああ、進路か?」
「大学いくんやろ?」
「うん。この留学で、ハイスクールの単位はみんな取れるよって。大学で日本の勉強するわ」
「ああ、そう……ちゃんと考えてんねんね」
「当たり前やん、うちの人生やねんから」
「そやけど、えらい!」
「ああ、そう……ハハハハ」
何を思いついたのか、アリスが笑い出した。
「どないしたん!?」
「発見した!」
「なにを?」
「『ああ、そう』は英語の『are so』と言葉も意味もいっしょや」
「ほんま?」
「うん、今の会話で気いついた……日本て、不思議な国や」
「アリスも不思議なアメリカ人や」
「あ……星が流れた!」
「ほんま!?」
「星に願いを……間におうた!」
「あ、アリスだけズルイ」
「ほんなら千代子も、空見ときいや」
「うん、バレンタインの流れ星。なんか効き目がありそうやなあ!」
そうやって、春まだ浅い夜空を見ているうちに眠ってしまうアリスと千代子であった……。