RE・友子パラドクス
ム…………
古風な丸眼鏡を掛けた梨花の祖父王貞勇は、友子が持ってきた絵を見るなり、言葉を失ってしまった。
「芳子さん、少しの間、このお嬢さんと二人きりにしてくださらんか」
かろうじて、秘書の川島芳子に笑顔を向けると黙り込んでしまった。
コトリ
アイスティーの氷がでんぐり返ったのを合図であったかのように、貞勇翁は口を開いた。
「この絵が残っていたとは……いやはや、感謝のしようもありません」
「いえ、わたしにもよく分からないんです。別荘を出る朝に『あの絵を持ち出さなきゃ』それだけ思って、あとは、気が付いたら、ここにお邪魔していたって感じなんです」
「ほんとうですか……」
「はい」
「やはり、この絵の伝説は本物だったんだなあ……」
「本物……ですか?」
「これは、わたしの爺さんの孫悟なんです。孫文先生に心酔していましてね。苗字まで孫にしちまった。もっとも、オヤジの代で帰化したときに、もとの王にもどしましたがね」
「あの、どこも傷んでいませんか。そんな大事な絵とは知らずに運んでしまったもので」
「いや、大丈夫。大切に扱ってくださった」
その暖かい笑みは友子への気遣いだけとは思えなかったので、友子は貞勇翁の心を覗いてしまった。
どうやら、眼鏡に秘密があるらしく、サインのところを見ると書かれていない中華の二文字が浮かび上がり、その真贋が分かる仕組みになっているようだ。そして、この絵は、精巧なダミーが作られていて、ダミーの方は銀行の貸金庫の中に隠され世間では本物とされている。中国の秘密組織は、そこまでつきとめて別荘を襲撃したようだ。
でも、なぜ自分が、それを予測して、この絵を持ち出したかは思い出せなかった。
ただ、翁の思念を探って絵自体ではなく、絵の中に隠された暗号のようなものこそが重要であることが分かった。しかし、その暗号が、どのように重要なのかまでは、翁にも分からないようだった。
「梨花は、少しは変わりましたか?」
お爺ちゃんの、もう一つの心配は直接口をついて出てきた。
「はい、眠くなると、人前でもアクビができる程度には」
「おお、それは大進歩だ。小さなころから行儀作法は仕込んだが、年頃に相応しい感情表現が苦手な子になってしまったようで、貴女たちお友だちに期待しておったんですよ」
友子は、旅行中の梨花のほどよくリラックスした写真を見せた。
「おお、この無防備な大あくびが良い。わたしのスマホに送ってくださらんか。いいや、本人には見せやしません。孫の成長を陰ながら見られればいいんです。もっとも、本人が、これを見ても笑って済ませられるぐらいに成長したら……そうだ、結婚式のスライドにしてやろう!」
「ハハ、それまで、梨花のこと、もっと鍛えておきます」
「あなた方なら安心だ。ぜひよろしく」
「ところで、お爺様。この絵と同じサイズの絵があったら、頂けません?」
「かまわんが、どうしてかね?」
「敵は、どこかで、あたしがこの絵をここに持ち込んだことに気づいていると思うんです……」
「囮になるつもりなのかね!?」
「任せてください、鬼ごっこには自信がありますから」
ここで、友子は軽い催眠術を翁にかけた。そうでもしないと、このお爺ちゃんは、女子高生に危ない真似など、絶対にさせないからだ。
こうして、友子は同じサイズの絵を元の紙に包んで、王交易公司をあとにした。
そして、地下鉄の駅の近くで、予測通り四人組の男女に拉致させてやった……。
☆彡 主な登場人物
- 鈴木 友子 30年前の事故で義体化された見かけは15歳の美少女
- 鈴木 一郎 友子の弟で父親
- 鈴木 春奈 一郎の妻
- 鈴木 栞 未来からやってきて友子の命を狙う友子の娘
- 白井 紀香 2年B組 演劇部部長 友子の宿敵
- 大佛 聡 クラスの委員長
- 王 梨香 クラスメート
- 長峰 純子 クラスメート
- 麻子 クラスメート
- 妙子 クラスメート 演劇部
- 水島 昭二 談話室の幽霊 水島結衣との二重人格 バニラエッセンズボーカル
- 滝川 修 城南大の学生を名乗る退役義体兵士