真凡プレジデント・50
お姉ちゃんの時はバンソーコーを貼っただけだった。
切ったと言っても、ほんの二ミリほど。深さも一ミリも無かったから、それで十分。
わたしの傷も似たり寄ったりだと思うんだけど、なつきが大げさにしてしまったのだ。
この蒸し暑い季節に、右手を包帯でぐるぐる巻きにされて家路についた。
「ブラウス着替える?」
言われて第三ボタンあたりを見ると、ベッチャリと血が付いている。
「だいじょうぶ、手で隠したら目立たないから」
「で、でも……」
「ネエチャンのブラウスだと、胸がパッツンパッツンだぜ~」
覗いていた健二が要らん事を言う。
「こらーー!」
姉弟喧嘩が始まったのを潮に帰ることにした。
グルグル巻きとはいえ、右の手の平を切っただけなのに、首から上に大粒の汗が浮き上がる。
この季節は、イヤホンしただけでカッと汗が出たりするもんね。
夏場の事なんで、汗を拭くのはタオルハンカチ。それも、ポケットだとかさ張るのでカバンの中に入れてある。
立ち止まってカバン開けるのも面倒。
つい、巻いた包帯で拭おうとするんだけど、手を上げるとブラウスの血が衆目に晒される。
カバン持ったままの左手で、ちょっと拭う。ちっとも効き目が無くて、二度目に拭いた時は、汗が目の中に入ってしまい目をつぶってしまう。
ドシン!
人とぶつかった!
「キャ!」
我ながらしおらしい悲鳴が上がって「あ、ごめん」とバリトンの声。
目を開けると、見覚えのある顔が、包帯とブラウスの血のシミを交互に見てびっくりしている。
――あ、二の丸高校の伊達利宗!?――
「あ、え、大丈夫ですか?」
とても心配げに顔を覗き込んでくる。
乙女チックに俯いていたこともあるんだけど、伊達さんは、こないだ学校訪問にやってきた中町高校の生徒会長だとは気づいていない。
あの時は、手厚いもてなしを受け、やっぱ、見るべき人が見てくれていればと嬉しかったんだけど、数週間後の今は、完全に忘却されている。
やっぱり、わたしは忘却されるように出来ているんだ……。
そう思うと、なんだか無性に悲しくなってきて、そのせいか、遅れてやってきた怪我のショックか、気が遠くなってきた。
「あ、ちょ、ちょっとキミ、しっかりしろ!」
初めて男の人の胸に抱かれて、不覚にも――なんて素敵な~🎵――と思ってしまった。
気を失う寸前に見えた空は、長かった梅雨明けを寿ぐ青空であった……。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長