クレルモンの風・7
「あら、ユウコちゃん!?」
アランのカップルが行ったあと、窓にいきなり知った顔が飛び込んできた……。
「メグさん!?」
そう、パリからクレルモンへの飛行機の中で、フランス語が全く出来ないのに留学しようというあたしを、空港でアグネスに引き渡すまで付き合ってくださったオバサンだ。
「あなた、アグネスチャンだったわね?」
「あ、どうも嬉しいわあ、きちんと『ちゃん付け』で呼んでくれはって」
これは、あとでアグネスを『アグネス・チャン』という大昔のアイドルの名前と結びつけて覚えたからであることが分かる。
「よかったら、うちにおいでよ。旦那もいないし……」
と、そこにメグさんを呼ばわる声がもう一つ。
「もう、メグ。さきさき行かんとってよ!」
「おお、大阪弁!」
アグネスが、瞬間で感動してしまった。
「あ、この人山城登志子さん。うちの居候」
「ハハ、日本ではメグのこと居候させてた山城です。呼び名はトコでええからね」
「あたし……」
「うち、アグネス・バレンタイン。アメリカのシカゴから来てます。このユウコとは、寮で同室ですねん」
「あんた、完ぺきな大阪弁やね!?」
「それは、シカゴの実家の……」
タナカさんのオバアチャンの話しになってきたので、続きはメグさんちということになった。
パルク・ド・モンジュゼ通りから、ノアム通りに下って、ちょっと行った一軒家がメグさんちだった。
100坪ほどの敷地に、手入れの行き届いた庭を通ってアプローチ。荒い白壁に薄い朱色の屋根瓦。このあたりの平均のお家より適度に広く、手入れが行き届いているようだ。
あたしの名前や簡単な略歴紹介は、メグさんちに行くまでに済ませておいた。公園の出口まではたっぷりあったし、四人とも自転車だったので、喋りっぱなしだった。
「あ~、久しぶりだね、女四人で喋りまくりってのは」
そう言いながらメグさんは、台所に向かった。
「なにか手伝いましょうか?」
「台所は、あたしのお城。できたら声かけるから、とりに来てくれる?」
ということで、トコさんと三人のお喋りになった。
「やっぱ、ご家族の写真が多いですね。うわー、これお子さんたちですか?」
「ほんま、かいらしいわあ!」
「フフフ、なんか変や思えへん?」
トコさんがナゾをかけてくる。
「あ……あ!?」
アグネスが、なにかに気づいたように、台所のメグさんと写真の三人の子供たちを見比べた。
「なにか分かった?」
「これ、お子さんらの小さいころの写真でしょ?」
「大当たり、裏返してごらん」
トコさんが言う。素直に従う。
「うわー、ええ男はん!」
メグさんの子どもさんたちの写真は、みんな表が子どもの頃、裏が今の写真になっているようだった。
「どうして、こんな風になってるんですか?」
「それはやね……」
「あたり!」
トコさんがよろこんで、あたし一人が分からない。
「子どものころて、みんなカイラシイやんか。せやから、いつもはカイラシかったころの子ども見て、なんか、子どもがニクタラシなったら、今の姿のんにするんとちゃう?」
「惜しい、その反対やわ」
「……ちゅうことは?」
「うん、ここに来て宿代代わりに、毎日グチ聞かされてんのん」
メグさんの子は、フランス人の旦那との間に三人。上から「空」「陸」「海」と、大らかなのか、横着なのか分からない名前。
「あ……これて、宮崎アニメの『コクリコ坂から』の小松坂家の子どもらの名前といっしょですやん!」
「え、じゃあ、あの映画のモデルって、メグさんち?」
あたしは、尊敬の眼差しで、台所を見てしまった。うしろで日米のネエチャンとオバチャンが笑っている。
「コクリコ坂って、そんなに昔の映画とちゃうよ」
「ユウコて、インスピレーションの子やけど、外れるときは大きいなあ……え、ちょっと待ってや」
アグネスがスマホを出して、なにやら検索し始めた。
「ひょっとして、原作の『なかよし』に連載されてたころに目えつけてたんちゃいます? 原作は1980年代やさかい……」
アグネスが、わたしよりも目をお星様だらけにして、台所を見つめた。
「できたよ~、取りにきてね!」
メグさんの声がして、三人でお料理を取りにいった。
「ハハ、ちがうちがう。ミシェル(旦那)といっしょに、子ども三人作って、世界を表現しよって……」
「せやけど、まさに天地創造ですね!」
アグネスが真顔で言うので、オバサン二人は大笑い。
「子どもって、思うようにならんもんでね。空は日本で就職しよったし、下の娘の海はフランスの大学やけどね……」
「陸くんがね……」
トコさんが引き受ける。陸クンというのは、自我の強い人らしく、ジジババや親の反対を押し切って、自衛隊に入ったらしい。フランスはNATOの一員で、実際戦争に行くことも、たまにはある。でも、自衛隊なら、海外で戦争することはあり得ない。そう言うと……。
「これからの日本は分からんよ……」
と、トコさん。
「頭ではね、そういう日本もありやと思うねんけどね。いざ、自分の息子となるとね。ほんま、あのリクデナシが……」
メグさんが高等なギャグを言ったのを気づくのに三秒ほどかかってしまった。
「どうも、ごちそうさまでした」
メグさんトコさんに門まで送ってもらい、お礼を言いつつ寮にもどった。
「あ、えらいこと忘れてる!」
「え、なに?」
「晩ご飯いらんて、寮に電話すんのん忘れてた」
「忘れると、どうなるの……?」
「もっかい、晩ご飯食べなあかん」
帰りに、トイレットペーパーと胃薬を買って帰った二人でありました……。