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慎重な敦子は台風を理由に今夜のデートを断ってきた。
拓馬は日本中の気象予報士を呪った。
やれ大雨に注意だとか、ところによっては局地的な暴風になるだとか、まるでゴジラが来襲するように大げさにテレビやネットで注意喚起していた。
ところが、今夜の東京は予報に反した穏やかさだ。
点けぱなしのテレビは「まだまだ油断はできません」と予報士のニイチャンは言うが、パソコンでは「星空が見える」と投稿しているのが17人もいる。むろん、オレの近所はいつもの穏やかさ。星こそ見えないが、台風の「た」の字も感じさせない。
敦子に電話してみようと思ったが止めた。なんだか未練たらしく思えた。自分で思うくらいだから、敦子も、そう思うに違いない。
一杯ひっかけて早寝を決め込もうと思うと、ドアホンが鳴った。
「えと、どなた?」
ドアホンの画像にオズオズと姿を現したのは、びしょ濡れ頭の女子高生だった。
「あのう……あたしノウルって言います」
「え、こんな時間に何の用?」
「お詫びにきました……」
どうも妙な子であった、でも、ドアを開けてしまったのは、美人であることもさることながら、放ってはおけない儚さを感じたせいかもしれない。
「うわー、どうしたの、頭だけかと思ったら、上から下までびしょ濡れじゃないか!」
「あ、中心からきたもので、ちょっと待ってくださいね……」
そう言うとノウルはセミロングとボブの中間ぐらいの髪をブルンと振った。
上げた顔は瞬間にこやかな達成感のある表情で、こないだやっとコンプリートしたファイアルファンタジーⅩリマスターのユウナが、ビサイド寺院で最初に召喚士になったときの、あの顔に似ていると感じた。で、不思議なことに、髪も制服も乾いていた。
こんな時間に一人住まいの男の部屋に女子高生を上げるのはためらわれたが、意に反し、ノウルは、ごく自然に狭い部屋のカウチに腰かけている。
「あたし台風6号なんです。名前はナウルです。今夜は拓馬さんにとって大切な夜だったのに、それをフイにしてしまったのでお詫びに来ました」
「え……」
不条理な間が空いた。
それもそうだろう、ハズレ台風の夜に女子高生がやってきて「自分は台風だ」と言われたら、返事に困ってしまう。
「今夜が、完璧な晴れで星空とかだったら、敦子さんは、きっと拓馬さんのプロポーズを受け入れたと思う。今夜は月齢23・3の小潮だけど、拓馬さんの星回りがいいから」
「……どうして、敦子のこと知ってんの?」
オレは、一瞬敦子の身内の子かと思ったが、こんな女子高生がいるとは聞いたことが無い。
「あたしたち台風は、人に危害や迷惑なんかかけたくないの。でも、あたしたちって、太平洋高気圧やら偏西風に流されて自分の意志とは関係なしに人に迷惑かけちゃうでしょ。だから、こうしてお詫びにまわってるの」
「ちょっと待てよ。台風で迷惑してるやつなんて、何万人もいるぜ。そんなのにいちいちお詫びになんか行けないだろう」
「行ってるわ、ただ、その人の記憶に残らないだけ。それに、あたしには無数の分身がいる。で、みんなで手分けして回っているわけ」
「それが、どうして女子高生なんだよ。オレにはJK属性はないぜ」
オレは、ハイボールを一気のみして言った。でも、いつハイボールなんか作ったんだろう。
「いま、ハイボール飲もうと思って冷蔵庫までいったでしょ」
「え、あ……うん」
「ちょっとサービス」
ますます分からない。
「あたしが、女子高生なのは、この6日に生まれたから」
「……だったら、生後四日の赤ん坊だろう」
「台風は、一日が人間の4年にあたるの。だから、16歳。もうじき17歳になる」
「あ、そう……」
「じゃ、あたし、もう一件まわるから、これで」
「あ、分身とかいるんじゃないの?」
「……敦子さんとこ。ここだけは、あたしがまわっておきたいの。拓馬さんの気持ちとともに……ね」
オレは、いつのまにかノウルに妹のような親しさを感じていた。
「あ、ノウル。雨降るといけないから、傘持っていくか?」
あたし台風よ……でも、せっかくの拓馬の好意だから。それから、敦子さんとは、絶対うまくやってね。ノウルの最後のお願い」
ピカピカのローファーを履いて、ノウルは行ってしまった。
あくる日に台風6号は温帯低気圧になった。
昨夜、だれか来たような気がするんだけど、多分夢。サントリーの角が空になっていたしな。
でも、傘が一本見当たらないのは不思議だった。