ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第72話《護衛艦たかやす》惣一
昨日カレーを食ったから、今日は土曜日か……。
三直目の勤務を終えて、おれは士官食堂に向かった。
「ハハ、やっぱり40秒早く着いてしまうな」
テーブルに着き習慣になっている時間を確認した。
なぜ配置のCICから一分も早く食堂に着いてしまうかというと、艦が違うからだ。
この五月で「あかぎ」を降りて「たかやす」に乗り込んでいる。26000トンの「あかぎ」から3500トンの護衛艦に替わると、覚悟はしていたが、狭くて小さい。
この五月で「あかぎ」を降りて「たかやす」に乗り込んでいる。26000トンの「あかぎ」から3500トンの護衛艦に替わると、覚悟はしていたが、狭くて小さい。
「たかやす」の砲術士が訓練中に怪我をしたので、その代替要員として、三カ月この船に乗り込むことになった。
本来砲術士は曹クラスの配置だ。そこに一尉のおれが代わりに入るのは極めて異例だ。
「たかやす」は、今度の任務が終わったら、一線任務から外され、改修後練習艦になる。実質的に護衛艦としては最後の任務だ。
しかし容易い任務ではない。南西諸島方面のパトロール任務である。
近頃C国の挑発は常軌を逸しつつある。今月に入っても南シナ海でB国の漁船に体当たりして沈没させている。テレビでは呑気に「相手は漁船ですからね、B国も戦闘するわけにはいかんでしょう」などと言っている。100隻もの漁船が漁具も積まずに整然と海を走っているわけなどありえない。表だった武装こそしていないが、間違いなく海警か軍の人間が乗っている。自衛隊機への異常接近も、ついこないだのことである。
そんな緊迫した情勢の中でのパトロール任務である。相手を刺激しないように、あえて退役寸前のロートル艦を回してきた。旗艦は我が「たかやす」 それに「いこま」と「かつらぎ」というどっこいどっこいのロートル三隻の艦隊だ。
いずれも大阪の山の名前を頂いた艦で、海自の中では『吉本艦隊』とも言われている。わが「たかやす」の艦長が吉本一佐なので、あながち間違った呼び方ではないが、どうも揶揄された感じは否めない。
本来砲術士は曹クラスの配置だ。そこに一尉のおれが代わりに入るのは極めて異例だ。
「たかやす」は、今度の任務が終わったら、一線任務から外され、改修後練習艦になる。実質的に護衛艦としては最後の任務だ。
しかし容易い任務ではない。南西諸島方面のパトロール任務である。
近頃C国の挑発は常軌を逸しつつある。今月に入っても南シナ海でB国の漁船に体当たりして沈没させている。テレビでは呑気に「相手は漁船ですからね、B国も戦闘するわけにはいかんでしょう」などと言っている。100隻もの漁船が漁具も積まずに整然と海を走っているわけなどありえない。表だった武装こそしていないが、間違いなく海警か軍の人間が乗っている。自衛隊機への異常接近も、ついこないだのことである。
そんな緊迫した情勢の中でのパトロール任務である。相手を刺激しないように、あえて退役寸前のロートル艦を回してきた。旗艦は我が「たかやす」 それに「いこま」と「かつらぎ」というどっこいどっこいのロートル三隻の艦隊だ。
いずれも大阪の山の名前を頂いた艦で、海自の中では『吉本艦隊』とも言われている。わが「たかやす」の艦長が吉本一佐なので、あながち間違った呼び方ではないが、どうも揶揄された感じは否めない。
この艦隊編成を決めたのが海幕か防衛大臣か、それより上かは分からないが、非常にC国に気を遣ったものであることは確かである。
「どや、ちょっとは慣れたか?」
「あ、艦長」
「カレーの次が肉じゃがかぁ。なんや海軍の伝統に意地張ったようなメニューやなあ」
艦長が不満とも面白さともとれるような言い回しで、俺の横に座った。
「艦長も意地ですか。肉じゃが特盛りですよ」
「わしの好物でな、たかやすのカレーと肉じゃがは海自で一番やろな」
「大阪の艦で固めるならこんごうも連れてくればよろしかったですのに」
「あれはイージスや。シャレに成らへんからな」
旧海軍時代から、大阪に関わる名前を付けた艦はろくなもんじゃなかった。戦艦河内は徳山湾で原因不明の爆沈。摂津はワシントン条約で戦艦籍から外されて標的艦になり、ボコボコにされた上に戦時中に撃沈された。
「一度聞いてみようと思っていたんですが、なぜたかやすの臨時砲術士に自分が選ばれたんですか?」
「ハハ、そらあかぎの艦長に聞いてぇ。あいつの推薦やさかいに」
「やっぱり、あかぎの艦長ですか……」
「まあ、そないにしょぼくれなぁ。いつぞやの一般公開のときに、格納デッキで『フォーチュンクッキー』踊ったやろ?」
「はあ、なりゆきで……」
「わしも、佐倉くんが来るいうんで、動画見せてもろたでぇ(^▭^)」
艦長はエビス顔の上半身でフォーチュンクッキーのフリをする。
「これは、吉本艦隊で訓練せなあかんなて思た」
「どや、ちょっとは慣れたか?」
「あ、艦長」
「カレーの次が肉じゃがかぁ。なんや海軍の伝統に意地張ったようなメニューやなあ」
艦長が不満とも面白さともとれるような言い回しで、俺の横に座った。
「艦長も意地ですか。肉じゃが特盛りですよ」
「わしの好物でな、たかやすのカレーと肉じゃがは海自で一番やろな」
「大阪の艦で固めるならこんごうも連れてくればよろしかったですのに」
「あれはイージスや。シャレに成らへんからな」
旧海軍時代から、大阪に関わる名前を付けた艦はろくなもんじゃなかった。戦艦河内は徳山湾で原因不明の爆沈。摂津はワシントン条約で戦艦籍から外されて標的艦になり、ボコボコにされた上に戦時中に撃沈された。
「一度聞いてみようと思っていたんですが、なぜたかやすの臨時砲術士に自分が選ばれたんですか?」
「ハハ、そらあかぎの艦長に聞いてぇ。あいつの推薦やさかいに」
「やっぱり、あかぎの艦長ですか……」
「まあ、そないにしょぼくれなぁ。いつぞやの一般公開のときに、格納デッキで『フォーチュンクッキー』踊ったやろ?」
「はあ、なりゆきで……」
「わしも、佐倉くんが来るいうんで、動画見せてもろたでぇ(^▭^)」
艦長はエビス顔の上半身でフォーチュンクッキーのフリをする。
「これは、吉本艦隊で訓練せなあかんなて思た」
訓練? 俺のことか? 艦のことか?
「あの、艦長。なんで肉だけ残すんですか?」
「残してんのとちゃう。楽しみは最後にとっとくんや」
エビスさんが子どものような顔になり、肉の一塊を口に運んだとき、艦内放送が流れた。
「艦長、ブリッジまで! 艦長ブリッジまで!」
「くそ、いま食お思たとこやのに……」
艦長は、肉ばかり食べ残したお椀を怨めしそうに見ると、次の瞬間ブリッジに向かって駆け出していた……。
「あの、艦長。なんで肉だけ残すんですか?」
「残してんのとちゃう。楽しみは最後にとっとくんや」
エビスさんが子どものような顔になり、肉の一塊を口に運んだとき、艦内放送が流れた。
「艦長、ブリッジまで! 艦長ブリッジまで!」
「くそ、いま食お思たとこやのに……」
艦長は、肉ばかり食べ残したお椀を怨めしそうに見ると、次の瞬間ブリッジに向かって駆け出していた……。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員