銀河太平記・146
意識が戻ったのは工作艦雷陽のファクトリーのハンガーだ。
空母のハンガーほどの広さは無い。収容しているのは艦載機ではなくて、ロボットの予備機体だからだ。
いかつい軍人ロボットでも、飛行機ほどのサイズは無い、せいぜい人の1・5倍。艦載機一機分のスペースに一個小隊50体分は収納できる。工作艦には艦載機で20機分、1000体の予備機体が格納されている。
「お目覚めですね胡大佐、もう五分お待ちください。電脳と各部の調整をします」
「二分でやってくれ、まだ戦闘中だからな」
「では、簡易調整で済ませます。簡易調整の場合は、以後の換装と調整は兵器廠に戻るまでできませんが」
「かまわん」
「では、調整に入ります」
ピーーーーン
チェッカーの起動音、聞いてはいたが不快な音だ。軍事用のハイスピードだからだろう、民生用には使えない代物だ。
戻ってきた聴覚と視覚でハンガーを見渡す。残っている予備機体は一個分隊ほどでしかない。そのうちの半分は自分同様に調整中だ。
これでは、今度戦死したら復帰するのは本土の兵器廠、まる二日は戦闘に戻れなくなる。
まあ、二日もあれば島の占領は終わっているだろうがな。
「予備パーツが百体分ありますし、回収した戦死体も戻ってきますから、もう二百体ぐらいには対応できます」
「フランケンシュタインになるのはごめんだ。せいぜい、大事に使わせてもらうさ」
「……あと三十秒です」
自分よりも先に調整の終わった兵隊どもがハンガーを出ていく。瞬間開いたドアの向こうには重傷のポンコツどもが見える……ずいぶん難しい戦になったもんだ。
「完了です」
「すまん、世話にな……貴様、脚はどうした?」
世話をしてくれた整備班長は両脚が無く、腰から上を作業台に括り付けてあった。
「北の連隊長にお貸ししました(^_^;)」
「そうか……じゃあ、行ってくる」
「これをどうぞ」
「お札か、謝謝!」
関帝のお札をポケットに収め、その足で最上甲板に上がると、ごった返す負傷兵をかき分けかき分け、転がっていたジェットを担いで島に飛んだ。
ピシューーーーーン!!
もうすぐチルル空港というところで山頂のカルデラから高出力のパルス波が発せられる。
ふつうパルス波は目には見えないものだが、よほどの高出力。空気中で触れた水蒸気や埃を瞬間で蒸発させ、それが光と音になっている。
ドッゴーーーーーン!!
たった今までいた工作艦が大爆発を起こして、瞬沈しまった。
あれではスキルもメモリーも転送している余裕はなかっただろう。将校は国防部にメモリーを残しているが、下士官や兵の多くは枝が付いているだけでメモリーとしては残っていない。文字通りの消滅だ。
特別に将校が優遇されているわけではない。ロボットも民衆レベルでは国や軍を信用していない。下手にメモリーを預ければ、どのように改ざんされるか分かったものではない。漢明もその程度には、そう呼べるなら民主化はされている。
まあ、枝はつけられているから、生殺与奪の権は握られているがな。
空港に残っていた部下たちはリンクを切ってスタンドアロ-ンになっていた。
これで居所を掴まれることはないが、敵と同様に連携した行動はとれない。
敵は、事前にスタンドアローンにした状態で作戦を練っているだろうが、こっちは、ただリンクを切っただけで刻々変わる戦況を理解し対応することはできない。
ピシュンピシュン
パルス銃の弾線が掠めていく。
「バカ者! 胡盛徳だ! 貴様らの連隊長だ! ドローンと間違えるな!」
着地した砲撃痕には数名の部下が残っていて、最上級の少尉がアナログ音声で「付近に八十名あまりの味方が残っております」と告げた。
着地寸前に記録した映像と照合、生死不明の者も合わせ百八体を確認。
敵は大半が自爆攻撃によってバラバラになった破片。数体がボケて映っている。俺のアイカメラのフレームレートを超える速度で動いている。油断のならない奴らだ。
山頂のパルス砲は沈黙している。乱れたパルス残滓がショートしたように火花を上げている。
「無理な高出力で壊れてしまっているようです、無力化されています」
「よし、二名ずつの斥候を出す。ナバホ村とフートンの状況を調べる。可能ならば国際空港の様子も探らせろ、この部隊は少尉が指揮……A鉱区2番坑口にまわれ、爆撃で途中で落盤している。しばらくは身を隠せるだろう。通信兵、貴様は、瓦礫を集めて狼煙をあげろ」
「狼煙でありますか?」
「ああ、電波もパルス波もすぐにジャミングをかけられるからな。煙が上がったら、このリズムで煙を切れ」
「……モールス信号」
「二百年前の通信方法だが確実だ。一回やれば十分、すぐに帰ってこい」
「連隊長は?」
「内緒だ、一時間たっても帰ってこなければ、少尉、貴様が連隊の指揮を執れ」
「了解しました!」
「そう気負うな、演習だと思えばいい」
少尉の肩を叩きながら、満州戦争の頃の自分を思い出す。
劉宏将軍も、斥候に出る自分に同じことをおっしゃった。
あとは、俺に将軍の半分も才覚と運があればと願うだけだった。
☆彡この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 加藤 恵 天狗党のメンバー 緒方未来に擬態して、もとに戻らない
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥(児玉隆三) 地球に帰還してからは越萌マイ
- 孫 悟兵(孫大人) 児玉元帥の友人
- 森ノ宮茂仁親王 心子内親王はシゲさんと呼ぶ
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
- 氷室(氷室 睦仁) 西ノ島 氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
- 村長(マヌエリト) 西ノ島 ナバホ村村長
- 主席(周 温雷) 西ノ島 フートンの代表者
- 及川 軍平 西之島市市長
- 須磨宮心子内親王(ココちゃん) 今上陛下の妹宮の娘
- 劉 宏 漢明国大統領 満漢戦争の英雄的指揮官
- 王 春華 漢明国大統領付き通訳兼秘書
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
- 西ノ島 硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地
- パルス鉱 23世紀の主要エネルギー源(パルス パルスラ パルスガ パルスギ)
- 氷室神社 シゲがカンパニーの南端に作った神社 御祭神=秋宮空子内親王