魔法少女マヂカ・194
食べ過ぎです!
ダイニングに入ってきた春日が目を三角にした。
キッチンに繋がるドアの所でメイドのクマちゃんがお握りを載せたトレーを捧げ持ったまま笑いをこらえている。
わたしはノンコと顔を見合わせて、三枚目のトーストに伸ばした手を引っ込めた。
「あなたたちは食べてください。お嬢様のお供をするには体力も精力もいりますからね。クマは、いちいち笑わない。そのお結びは……」
「これでおしまいだから!」
「では、さっさとお食べになってくださいまし。早くしないと学校に間に合いません」
そう言うと、メイド長の春日はあくびを噛み殺しながらダイニングを出て言った。
ムシャムシャムシャ
十秒もかからずにお握りを食べてしまうと、お皿を七枚重なったトーストのお皿の上に載せて立ち上がる。
「さ、今日も一日張り切っていくわよ!」
「「よし!」」
わたしたちの出で立ちは、ちょっと恥ずかしい……。
上は制服のセーラー服なのだが、下はブルマーなのだ。
ブルマーと言ってもハーパンに駆逐される寸前の昭和・平成のころのパンツ同然のそれではない。
スカート同様にプリーツになっていて、ひざ丈の所で絞り込んである。大正時代のブルマーなのだ。
まだ体操服という名前も無くて運動服と言う。
「ピエロのズボンみたいだよ((ノェ`*))」
ノンコは、ダサくて恥ずかしくてたまらん顔をしている。
しかし、大正時代にあっては、これが女子のスポーツウェアなのだから仕方がない。
「お早うございます、お支度はよろしいですか?」
運転手の松本が、パッカードのドアを開けて出迎えてくれる。
「お早う、今朝もよろしくね」
ブルマのお尻をバサバサ言わせながら後部座席に収まる。助手席にはクマちゃんがわたしたちの着替えやカバンを持って収まっている。
主人よりも先に車に乗るのは使用人としては僭越なのだが、なんせ荷物が多いので、後から乗っては時間がかかるので、霧子の指示で、そうなっている。
「行ってらっしゃいませ」
春日の見送りを受けながら、屋敷の門を出る。
さすがに、使用人全員が見送ることは無い。九月の初旬だと言うのに、ようやく東の空が白んできたところなのだ。
それでも、門の脇には請願巡査の田中が折り目正しく敬礼してくれている。
請願巡査と言うのは、華族や財閥が給与などの費用を支払うことを条件に個人的に配置してもらう住み込みの巡査の事だ。震災後の治安悪化のため、請願していたのが認められ、一昨日から配置されることになったのだ。
デバックがあると言いながら新畑はそれっきりだ。
礼法室の望楼も閉ざされて様子を見ることもできないと言う。
情熱を持て余した霧子は、つてを頼ってジョギングを始めたのだ。
ジョギングなら、ジャージに着替え、タオル一本首に巻けば出発できるというのは、もっとのちの時代だ。
大正時代は、女子が街中を走ると言うようなハシタナイことはやりにくい、まして華族の娘においておやである。
学習院が女子の徒走を始めたところ父兄の元大名の華族から『足軽のようなことをさせる』と苦情を言われる時代なのだ。
「今日はアメリカ大使館のゴルフ場を借りております」
松本がハンドルを切りながら変更を言う。
「岩崎に断られたのか?」
「ご都合が合わなかっただけでございます。少し速度をあげます」
車は山の手を北西に進んだ。
山の手を過ぎると地盤がしっかりしているのか、都心ほどには震災の爪痕が無いことが幸いだった。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男