鳴かぬなら 信長転生記
二回目の伝書紙飛行機には以下のように書いた。
三国軍の勢力は予想よりも少二個師団は多い規模。
だが、増やした分は、酉盃や豊盃で徴募した兵で実力は伴わない。
敵主力は魏軍、主将は女将軍曹茶姫。曹操の姉妹と思われるが現状では不明。
兄の曹素は輜重部隊の大将であるが、人徳に乏しく、曹茶姫が陰に日向に目を光らせている。
編成、装備から攻撃の準備段階と思われるが、油断はできない。
引き続き、魏軍の様子を探る。
「茶姫が、あたしたちの正体知ってたことは書かないの?」
「茶姫は、俺たちを偽名でしか呼ばなかった」
「バレてないと思うの?」
「バレていたら殺されてる。敵の乱波なら殺すのが当たり前だ」
「ほんとに、そう思う? なんだか、あいつ全て知っているような口ぶりだったよ」
「いや、ちがう」
「いや、ぜったいそうだって」
「そうではない。あいつは、俺たちに興味があるんだ。そうでなきゃ、あんな風に助けたりはしない」
「あれは、曹素が危なかしいから朝駆けにことよせて監視に来たんじゃ?」
「曹素の部隊の中に茶姫の監視役が入っている。それが逐一連絡しているんだろう。馬鹿で危なっかしい男だからな」
「てことは、夕べ、明花たちが襲われたことも知っていたってわけ!?」
むろんそうだ。あいつらは三国の軍だ、あの程度の狼藉は見逃される。だが、そう言えば、市はまたキレる。
「知ったのは……隠れていた道館に火がつけられたころだろう、あの煙は豊盃からでも見えたはずだ」
「そうか……そうだよね、茶姫はいい目をしていたしね」
いい目をしているのはお前だ。お前は、人の目に多少の濁りを見ても、きれいな輝き一つあれば、そこを見てやろうという奴だったからな。生まれる場所と時代が違えば、お前は、パードレたちが言っていたマリアの如き人生を歩んだのかもなあ。
「え、なに、人の顔じっと見つめて?」
「動くな」
「え?」
パシ!
「イタ! ちょ、なにすんのよ!」
「頬っぺたに蚊が停まっていた」
「え、ほんと?」
ガバっと上半身を起こして、露出している腕やら首筋をポリポリ。
そうだ、市は、こんなに素直なやつなんだ。
「なんだ、タンポポの種だった」
「あ、もう、ちゃんと見てからにしてよね」
「許せ、老眼だ。本能寺で討たれた時は四十九歳だったからな」
「もう、今のあんたは17歳の女子高生なんだからね」
「え、あ、そうだったな」
「そうよ、胸だって、あたしよりもおっきいくせに!」
ムンズ
「こ、こら、揉むんじゃない」
「小さくしてやるんだから」
「アハハ、くすぐったいぞ! くそ、それなら、おまえの大きくしてやる!」
「キャ、ちょっとお!」
アハハハ キャハハハハ
「「うわ!?」」
ふざけすぎて斜面を転がり落ちる。
ゴロゴロゴロゴロ
バサバサ
斜面の下まで転がり落ちて、二人ともタンポポの種だらけになってしまう。
アハハハ ペッ ペッ アハハハ ああ、おっかしい!
「むかしも、こんなことあったね。清州のお土居(石垣ができる以前の土塁)の花を採ろうとしたら、転げ落ちそうになって、お兄ちゃん掴まえてくれたんだけど、いっしょに転げ落ちて……」
「あの時は、土居の下は堀だったからな。二人ともビチャビチャになって、平手の爺に叱られたな……」
「楽しかったね、子どもの頃は」
「あれ以来、市に構ってはいかんと、父上からも言われた」
「え、あ……そうだったね、あれからぜんぜん……でも、なんで、聞き分けよかったの? いつも人に逆らってばかりだったのに」
「それはな……」
言えるか――市は将来は嫁に出す娘だ、お前と遊んでいては傷物になってしまう!――なんて親父の言葉。
嫁が人質だってことは、もう十分分かっていたからな。それで納得した俺の事もな。
「雲は、どっちに流れてる?」
「え? えと……西だ」
「よし、西へ行くぞ」
「豊盃ね」
「ああ、虎口に入らずんば虎児を得ずだ」
「おし!」
仲良く斜面を這い上がって、豊盃を目指す。
日は、いつの間にか中天に差し掛かろうとしていた。
☆ 主な登場人物
織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
織田 市 信長の妹
平手 美姫 信長のクラス担任
武田 信玄 同級生
上杉 謙信 同級生
古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
宮本 武蔵 孤高の剣聖
二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
今川 義元 学院生徒会長
坂本 乙女 学園生徒会長
曹茶姫 魏の女将軍