大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・88〔麻友と久々の志忠屋〕

2022-03-02 07:04:05 | 小説6

88〔麻友と久々の志忠屋〕 

       


 今日のテスト勉強も麻友の世話になる。

 学校では落ち着かないので、麻友へのお礼を兼ねて志忠屋へいく。

 あ、1月に行ったきりだから忘れてる人も多いかも知れないね。

 志忠屋のオーナーシェフはお父さんの40年来のお友だちで、映画評論の傍らイタ飯屋さんをやっている。おもしろいオジサンで、あたしも子供のころから何かにつけて世話になってる。春からのリニューアルで、夜の営業だけになってしまったけど、この7月から、やっとランチ再開。

 でもって、あたし自身楽しみで麻友を誘って来たわけよ。2時でランチタイムは終わるけど、あとのアイドルタイム(準備中)は、テーブル席を使わせてくれる。麻友へのお礼と勉強と人生相談を兼ねた要領のいい企画なわけですよ。

      

「おいしいね、ここのパスタ!」


 海の幸パスタに麻友は大感激。見かけによらん明るさと大きな声にタキさんが興味を持った。

「明日香もおもろそうな友達持ったな」
「あたしの師匠。で、新しい親友。麻友はね……」

 麻友のあれこれを話すとタキさんもKチーフも、俄然麻友に興味を持ってくれたみたい。気が付くと店のBGMが、いつのまにかサンバに変わっていた。麻友の体が小刻みにリズムを取り始める。

「ちょっとハジケテもいいですか?」

「ああ、いいよ。アイドルタイムだから」


「イヤッホー!」


 頭のテッペンから声出して、麻友はハジケた。オッサン二人とあたしが、鍋の蓋やらグラスでリズムをとると、麻友は一人で店の中をリオのカーニバルにしてしまった。

「さすが、ブラジルだなあ!」
「ワールドカップで夜も寝られねえだろ!?」
「ネイマールの怪我、わしらでも、アって思ったもんな!」

「え、あ……サッカー嫌いだし……」

 麻友の冷めた言い回しに、盛り上がった店の空気がいっぺんに冷めてしまった。

「麻友ちゃんは、なんか胸にありそうだな……」

 優しく言いながら、タキさんはサービスでオレンジジュースを出してくれた。麻友は例の定期入れの写真を出した。

「お兄さん……」
「十八になります……生きていたら」

 麻友の目から涙が溢れた……。

 涙ながらの麻友の話をまとめると、こんな感じだった。


 麻友の兄の友一(ゆういち)は、ハイスクールでサッカーのエースだった。それが去年の試合で凡ミスをやり、決勝戦を落としてしまった。

 そして、試合の帰り道、みんなからハミゴにされて帰る途中、道路を渡ろうとして車に跳ねられた。

 直接の原因はいっしょに道路を渡ろうとした子供だった。車は子供を避けようとして、ハンドルを切った。

 この時、ハンドルの切り方には二つの選択肢があったそうなんだ。右に切れば、通行人の誰にも接触しないが、スピンして、向かいの店に突っ込みそうだった。左に切れば友一を引っかけそうだったが、友一の運動神経なら、避けてくれると運転手は判断し、ハンドルを左に切った。

 そして、兄の友一は車に跳ねられて亡くなってしまった。そして、運転手は、同じサッカーチームのメンバーだった。

 麻友と両親は、運転していたチームメイトに殺意があると思った、少なくとも未必の故意があると。

 しかし、警察も世論も、チームメイトの味方ををした。父親は裁判まで持ち込んだけど負けた……だけじゃなくって、町中から非難のまなざしで見られた。で、勤めていた日系企業の日本本社への転勤を希望して、親子三人で東京に越してきたんだそうだ。

 初めて麻友の秘密を知った。

 もう明日のテストは欠点でもいいと思った。

 だけど、麻友は切り替えが早い。

 おしぼりで顔を拭くと、きっちり一時間かけて、明日のテストの山を教えてくれた。駅まで歩いてるときは、もう普通の麻友だった。

 

 その日のAKRのレッスンは快調で夏木先生にも誉めてもらえた。

 

「歌も踊りも、元気でハリがあってグッド! それでいて少女の憂いってか、存在の悲しさが出てて、とても良かったよ。この曲に関しては選抜級だ!」

 あたしには、それが麻友の影響だというのが分かった。そして、その誉め言葉に喜んでる自分も発見。

 自分がメッチャ嫌な子に思えてきたよ。


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