コッペリア・38
一度入った組合を辞めることは難しい。
教師の3/4は、大学を出て直ぐに教師になっている。で、右も左も分からないうちに、共済組合に入るのと同じような気楽さで教職員組合に入ってしまう。組合が生徒や教師の福利厚生のためでなく、特定の政党の下部組織のようになっていることに気づいたころには、さまざまなしがらみが出来て辞めにくくなる。
担任のミッチャンも同様で、組合を辞めたいのだが、人間関係……これが、辞めたとたんに手のひらを返したように変わってしまうことを数年の教師生活で身に染みて知ってしまった。
今度の四月に入ってからのクラス替えは、組合の要望に沿って都教委が行ったことであることは、栞にも分かった。
「ねえ、フウ兄ちゃん。なんとかならないの、クラス替え。クラス写真も撮ったし、みんなやっとクラスに馴染んだところなんだよ。そんな時期にクラス替えだなんておかしいよ」
晩御飯の用意をしながら、栞は颯太に愚痴った。
「これの大本は、栞にある……って言ったらびっくりするか?」
「え、どういうことよ!?」
「栞の転校で、二年の定員が一人増えちまった。で、41人のクラスが一つできちまった」
「あ、うちのクラスがそうだ」
「クラスは40人が基準で、それを越すと、もう一学級増やせるんだ。で、組合は杓子定規に専任教師の増員を都教委に要求。それが年度をまたいで、四月のこの時期に実現した。いわば獲得した権利だから、組合は生徒の利害なんか考えないで二年のクラスを一つ増やした。そういう話だ」
颯太は事務的に話しているようだが、頭に来ていることは、夕飯の感想を言わないことでも知れた。
颯太は、必ずナニゲに料理の感想を言う。
たとえ口に会わなくても言った方が、言わないよりも百倍マシだということを知っている。無関心は憎しみよりもひどいことだということを、颯太も栞も分かっている。
でも、今夜の無関心は、学校の理不尽さから来ていることだと言うことが、栞にはよく分かった。
「ごちそうさま。よっこらしょっと……」
プ
颯太は、立ち上がった拍子にオナラをしてしまった。
普段ざっかけない喋り方をしていても、そういうところに気を使っていることを、栞は嬉しくも寂しく感じていた。
でも、この放屁で弛んだ颯太の心から、一つの思いがこぼれた。
――二年の定員が増えたことは、栞だけが原因じゃない。咲月が留年したために増えたことも理由の一つ――
回りまわって咲月の耳に入ったり、栞が余計な心配をしないために伏せていた。
颯太の心遣いを嬉しく思う栞だった……。