大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・36』

2019-06-15 06:53:27 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・36


『第四章 二転三転7』

 エー……!!

 いっせいに声があがった(と言っても、三人。わたしと、タマちゃん先輩、タロくん先輩)

 テスト明け最初の稽古日。乙女先生がプレゼンに入ってきて大橋先生を廊下に呼び出した。
 廊下で、二人がヒソヒソと話す気配。
 悪い予感がする。ひょっとして……。
 と、思ったら、大橋先生がコンニャク顔で戻ってきて、乙女先生が廊下を小走りで走り去る気配。
 そして大橋先生が、穏やかにこう言った。

「ねねちゃんと、ルリちゃんが降りた」

 で、最初の「エー……!!」に繋がるわけ。
 タロくん先輩はうつむいてしまった。
 タマちゃん先輩は、そっと膝を閉じた。

「台本と、香盤表を出しぃ」
 三人、ゴソゴソとその二つを机に並べる。
「……ルリちゃんがやってた役をタマちゃんが兼ねる。ねねちゃんの役は栄恵ちゃんに兼ねてもらう」
「先生、出番がかぶりますけど……」
「こんなときのための香盤表や。今から、台本に手ぇ加えるから、ボールペン持って……まず、シーン3から……」

 それから三十分ほどかけて、なんとか二役でやれるように改稿できた。
 そこに乙女先生が入ってきた。
「あの二人捕まえてきましたけど、オオハッサンどないしましょ」
「もう、よろしいがな。人間は掛け算、数字が合わんかっただけです」
「……そやけど」
「一人二役を二つ作って、なんとか四人でできるようにしましたから。廊下におる二人は帰したってください」
「そうですか……」
 少し不満そうであったが、乙女先生は廊下に出た。なにやら言い含めている様子で、やがて「はい」という声が二つして、去っていく足音がした。
「さあ、ほんなら一回読んどこか……栄恵ちゃんは?」
「来ると思いますけど……」
 タロくん先輩が答える。
 栄恵ちゃんは今まで無断で休んだことはない。ちょっとした遅刻をたまにする程度。
……しかし稽古が始まって、もう一時間が過ぎていた。

 ほとんど、読み終えようとしていたときに、タロくん先輩のスマホが鳴った。
「はい、もしもし……」
 先輩はスマホを耳に、廊下に出た。
 残りのみんなが、先輩を目で追った。
「また……」
 タマちゃん先輩がつぶやいた。
「先生ちょっと、栄恵ちゃんです」
 タロくん先輩が、先生を呼んだ。

 栄恵ちゃんとの通話を終えて、先生が廊下からもどってきた。
「忙しい日ぃやのう、今日は……」
「先生、栄恵ちゃん、なにかあったんですか?」
 思わず、わたしは訊ねた。
「タマちゃん、乙女先生呼んできてくれるか」
 先生は腕を組んだ。

 乙女先生が来て、ようやく先生は腕をほどいた。
「なんかあったんですか?」
 ドアを開けながら乙女先生。
「栄恵ちゃんのお母さんが入院しはったようです」
「それで……」
 三人も無言で、大橋先生を見つめる。
「過労らしいですわ。今は、まだ検査中や言うてました」
「で……」
「わたしから言いました。この芝居降りて、お母さんの世話と家のことやったげなさいて。バイトも抱えてますからね、栄恵ちゃん」

 正解だろうと思った。まじめな栄恵ちゃんの性格だ、先生から切り出さなければ「なんとかします……」と、当てもなく、そう返事をしただろう。
「『ノラ』はもうでけへん。本替わるけど、みんなついてこられるか?」
「今から、本替えるて、本番まで四十日もないねんよ、本探すだけで二三日は……」
「かからへんよ乙女さん。それよりみんなのモチベーションや、オレのこと信じて付いてこられるか。タロくん、タマちゃん、はるか……」
「はい……」
 
 そう答えるしかなかった。
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