『第四章 二転三転7』
エー……!!
いっせいに声があがった(と言っても、三人。わたしと、タマちゃん先輩、タロくん先輩)
テスト明け最初の稽古日。乙女先生がプレゼンに入ってきて大橋先生を廊下に呼び出した。
廊下で、二人がヒソヒソと話す気配。
悪い予感がする。ひょっとして……。
と、思ったら、大橋先生がコンニャク顔で戻ってきて、乙女先生が廊下を小走りで走り去る気配。
そして大橋先生が、穏やかにこう言った。
「ねねちゃんと、ルリちゃんが降りた」
で、最初の「エー……!!」に繋がるわけ。
タロくん先輩はうつむいてしまった。
タマちゃん先輩は、そっと膝を閉じた。
「台本と、香盤表を出しぃ」
三人、ゴソゴソとその二つを机に並べる。
「……ルリちゃんがやってた役をタマちゃんが兼ねる。ねねちゃんの役は栄恵ちゃんに兼ねてもらう」
「先生、出番がかぶりますけど……」
「こんなときのための香盤表や。今から、台本に手ぇ加えるから、ボールペン持って……まず、シーン3から……」
それから三十分ほどかけて、なんとか二役でやれるように改稿できた。
そこに乙女先生が入ってきた。
「あの二人捕まえてきましたけど、オオハッサンどないしましょ」
「もう、よろしいがな。人間は掛け算、数字が合わんかっただけです」
「……そやけど」
「一人二役を二つ作って、なんとか四人でできるようにしましたから。廊下におる二人は帰したってください」
「そうですか……」
少し不満そうであったが、乙女先生は廊下に出た。なにやら言い含めている様子で、やがて「はい」という声が二つして、去っていく足音がした。
「さあ、ほんなら一回読んどこか……栄恵ちゃんは?」
「来ると思いますけど……」
タロくん先輩が答える。
栄恵ちゃんは今まで無断で休んだことはない。ちょっとした遅刻をたまにする程度。
……しかし稽古が始まって、もう一時間が過ぎていた。
ほとんど、読み終えようとしていたときに、タロくん先輩のスマホが鳴った。
「はい、もしもし……」
先輩はスマホを耳に、廊下に出た。
残りのみんなが、先輩を目で追った。
「また……」
タマちゃん先輩がつぶやいた。
「先生ちょっと、栄恵ちゃんです」
タロくん先輩が、先生を呼んだ。
栄恵ちゃんとの通話を終えて、先生が廊下からもどってきた。
「忙しい日ぃやのう、今日は……」
「先生、栄恵ちゃん、なにかあったんですか?」
思わず、わたしは訊ねた。
「タマちゃん、乙女先生呼んできてくれるか」
先生は腕を組んだ。
乙女先生が来て、ようやく先生は腕をほどいた。
「なんかあったんですか?」
ドアを開けながら乙女先生。
「栄恵ちゃんのお母さんが入院しはったようです」
「それで……」
三人も無言で、大橋先生を見つめる。
「過労らしいですわ。今は、まだ検査中や言うてました」
「で……」
「わたしから言いました。この芝居降りて、お母さんの世話と家のことやったげなさいて。バイトも抱えてますからね、栄恵ちゃん」
正解だろうと思った。まじめな栄恵ちゃんの性格だ、先生から切り出さなければ「なんとかします……」と、当てもなく、そう返事をしただろう。
「『ノラ』はもうでけへん。本替わるけど、みんなついてこられるか?」
「今から、本替えるて、本番まで四十日もないねんよ、本探すだけで二三日は……」
「かからへんよ乙女さん。それよりみんなのモチベーションや、オレのこと信じて付いてこられるか。タロくん、タマちゃん、はるか……」
エー……!!
いっせいに声があがった(と言っても、三人。わたしと、タマちゃん先輩、タロくん先輩)
テスト明け最初の稽古日。乙女先生がプレゼンに入ってきて大橋先生を廊下に呼び出した。
廊下で、二人がヒソヒソと話す気配。
悪い予感がする。ひょっとして……。
と、思ったら、大橋先生がコンニャク顔で戻ってきて、乙女先生が廊下を小走りで走り去る気配。
そして大橋先生が、穏やかにこう言った。
「ねねちゃんと、ルリちゃんが降りた」
で、最初の「エー……!!」に繋がるわけ。
タロくん先輩はうつむいてしまった。
タマちゃん先輩は、そっと膝を閉じた。
「台本と、香盤表を出しぃ」
三人、ゴソゴソとその二つを机に並べる。
「……ルリちゃんがやってた役をタマちゃんが兼ねる。ねねちゃんの役は栄恵ちゃんに兼ねてもらう」
「先生、出番がかぶりますけど……」
「こんなときのための香盤表や。今から、台本に手ぇ加えるから、ボールペン持って……まず、シーン3から……」
それから三十分ほどかけて、なんとか二役でやれるように改稿できた。
そこに乙女先生が入ってきた。
「あの二人捕まえてきましたけど、オオハッサンどないしましょ」
「もう、よろしいがな。人間は掛け算、数字が合わんかっただけです」
「……そやけど」
「一人二役を二つ作って、なんとか四人でできるようにしましたから。廊下におる二人は帰したってください」
「そうですか……」
少し不満そうであったが、乙女先生は廊下に出た。なにやら言い含めている様子で、やがて「はい」という声が二つして、去っていく足音がした。
「さあ、ほんなら一回読んどこか……栄恵ちゃんは?」
「来ると思いますけど……」
タロくん先輩が答える。
栄恵ちゃんは今まで無断で休んだことはない。ちょっとした遅刻をたまにする程度。
……しかし稽古が始まって、もう一時間が過ぎていた。
ほとんど、読み終えようとしていたときに、タロくん先輩のスマホが鳴った。
「はい、もしもし……」
先輩はスマホを耳に、廊下に出た。
残りのみんなが、先輩を目で追った。
「また……」
タマちゃん先輩がつぶやいた。
「先生ちょっと、栄恵ちゃんです」
タロくん先輩が、先生を呼んだ。
栄恵ちゃんとの通話を終えて、先生が廊下からもどってきた。
「忙しい日ぃやのう、今日は……」
「先生、栄恵ちゃん、なにかあったんですか?」
思わず、わたしは訊ねた。
「タマちゃん、乙女先生呼んできてくれるか」
先生は腕を組んだ。
乙女先生が来て、ようやく先生は腕をほどいた。
「なんかあったんですか?」
ドアを開けながら乙女先生。
「栄恵ちゃんのお母さんが入院しはったようです」
「それで……」
三人も無言で、大橋先生を見つめる。
「過労らしいですわ。今は、まだ検査中や言うてました」
「で……」
「わたしから言いました。この芝居降りて、お母さんの世話と家のことやったげなさいて。バイトも抱えてますからね、栄恵ちゃん」
正解だろうと思った。まじめな栄恵ちゃんの性格だ、先生から切り出さなければ「なんとかします……」と、当てもなく、そう返事をしただろう。
「『ノラ』はもうでけへん。本替わるけど、みんなついてこられるか?」
「今から、本替えるて、本番まで四十日もないねんよ、本探すだけで二三日は……」
「かからへんよ乙女さん。それよりみんなのモチベーションや、オレのこと信じて付いてこられるか。タロくん、タマちゃん、はるか……」
「はい……」
そう答えるしかなかった。