鳴かぬなら 信長転生記
テニス部の部活が終わっての帰り道、織部を掴まえて聞いてみた。
「織部、みんなが生徒会長の名前にこだわるのはなぜなんだ?」
「いえ、信長先輩はきちんとできているので、いいですよ」
「なにが、きちんとなのだ?」
「いや、一発できめられるなんて、やっぱり信長先輩っすよ、織部、尊敬してしまいます!」
「尊敬はいいから、言え」
「いえ、実は……会長は、こちらに転生するときに、ちょっと手違いがありまして……」
「どんな手違いなのだ?」
「今川家の転生は代々八幡大菩薩の担当なんですけどね……」
「であろう、今川は源氏、源氏の氏神は八幡神と決まっている」
「はい、でも、本姓が源氏という武士はいっぱいいましてね。生徒会長の死は、だれも予見していませんでした……」
「で、あろうな」
今川義元は、桶狭間で、俺が、たった三千の軍勢で討ち取ったのだからな。狙ったとは言え、奇跡のような勝利ではあった。
「急な討ち死にだったので、予約でいっぱいだった八幡大菩薩は間に合わず、浅間大神に頼んだんです」
「ああ、駿河一の宮であるな」
「浅間大神も忙しいお方で、いや、なんせ、本性は木花之佐久夜毘売ですから、ドンパチの戦国大名とは、ちょっと距離があります」
「で?」
「つい、登録名簿に、こう書かれたんですよ……」
織部が空中になぞった文字は『今川吉本』であった。
「ん……あ、そうか」
瞬間分からないが、数秒で思い至る。
「はい、正しくは『義元』です『吉本』ですと、その下に興行の二文字が付いてしまいます」
吉本興業
「しかし、発音してみれば同じなのではないか?」
「いいえ、微妙にアクセントが違います!」
「織部は、美意識が強すぎる。どうでも良いことであろう」
「いえいえ、このために、吉本の呪いがかかってしまったんですよ!」
世紀の大秘密を明かすように顔を近づけてくる。この異世界に来るだけあって水準以上の美少女なのだが、どうも目がイッテしまっているのはイタだけないぞ。
「吉本の呪いだと?」
「ええ、吉本興業の吉本のアクセントで一定の回数呼ばれてしまうと、生徒会長は吉本化してしまうんですよ……」
「吉本化? どういうことだ?」
「発する言葉が、全て大阪弁になり、勢力的に吉本ギャグを連発するようになってしまうんです」
「ウ……それは、なかなか、厳しいものがあるなあ」
「それを避けるために、会長に直接会えるのは、正確に『義元』と発音できるものに限られます」
「であったか……」
「でも、先輩は大丈夫ですよ、会長の真名を正確に言えるんですから」
「そうか……しかし、あいつを討ち取ったのは、この信長だぞ」
「それはいいのです。戦国の歴史に燦然とその名を遺した『桶狭間の戦い』で打ち取られたのです。先輩が討ち取られた『本能寺の変』とは事情も、美しさも違います。会長も、その点は、しっかりと理解されていると、三成も言っていました」
「で、あるか……吉本もいっぱしの戦国大名ではあったのだな」
「ちょ、先輩、今のアクセントは……」
「ん?」
「言ってみてください」
「今川……吉本、あ、いや、今の無し! 今川……吉本、あ、違う、今川吉本……どうだ?」
「ああ、ぜんぜんダメです(;'∀')」
「くそ、いったん秘密を聞いてしまうと、意識してしまって、今川吉本! あ、ダメだ!」
織部は悲しそうな顔をしてスマホを出した。
「どこに電話する?」
「はい、利休先輩にです……」
かくして、俺は、信玄同様に明日の茶会から外されることになってしまった(-_-;)。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本武蔵 孤高の剣聖