大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

はるか・14『離婚から4か月 のぞみ』

2021-10-28 05:49:11 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト はるか・14

『離婚から4か月 のぞみ』 




 その翌週の木曜に、秀美さんは病院に来た。

 正確には、来ていた。

 九月に入って短縮授業の新学期。部活の無い日なので、学校から直行したんだけど、秀美さんの方が先に来ていた。

「お父さん……」

 ノックもせずに病室に入った。

 一瞬フリ-ズした……三人とも。

 秀美さんは、ベッドの脇に腰掛けて、お父さんと話していた。

 仕事の話らしいことは、その場の空気でわかった。

 ただね、距離の取り方が、二人の心の近さとして、チクッとした痛みをともなって、わたしには感じられた。

 距離には人間関係が反映される。かねがね大橋先生から言われていることだ。

 物理的距離が心理的距離を超えると、人は落ち着かなくなる。

 たとえ第三者として見ているだけでも……。

 だから稽古では、状況や人間関係に合った距離に気をつけて演技している。

 そして気をつけなくても、その距離が自然にとれるようになれば、演技としては完成。

 二人は、まさに、その完成された距離を自然にとっていた。

 そして、それは演技ではなく、現実の人間関係……。

「新しい商品、はるかちゃんも見てくれる」

 わたしがホンワカ顔をつくろう前に、秀美さんに先を越された。

「うわー、かわいい!」

 女子高生の常套句しか出てこなかった。

 しかし、その商品見本たちは、ほんとうにイイ線いってた。

 シュシュ(ポニーテールみたく髪をまとめるときの飾りみたいなの)のシリーズだ。

「次の春ものにね、ちょっとチャレンジしてみようと思って」

 水玉、花柄、ハート、チェック柄、といろいろ。

「今の子って、はるかちゃんみたいにセミロングとかが多いじゃない。それって、表情隠れちゃうのよね。あ、悪いってことじゃないのよ。時にはオープンマインドなイメチェンしてもいいんじゃないかって、そういうネライ」

「わたしも、ヒッツメにすることもあるんですよ。稽古のある日はお下げにしてますし」

「そうなんだ。でもさ、そういうのをさ、もっとポジティブにさ……」

 あっという間にポニーテールにされた。シュシュは群青に紙ヒコーキのチェック柄。

「お、いけてるじゃないか。実際身につけてもらうとよく分かるなあ」

「このシュシュ……」

「そう、あのポロシャツがヒント。商標登録されてないの確認できたから作ってみたの。そうだ、はるかちゃんモニターになってくれないかなあ」

「え?」


 転院は平日の昼前だった。

 わたしは担任の竹内先生に、電話で正直に言って新大阪駅まで付き添った。

 お母さんは、やっぱり来なかった。

「はるかちゃん、ほんとうにありがとう」

 車椅子を押しながら、秀美さんが礼を言う。

 静かで、短い言葉だったけど、万感の想いがこもっていた。

 わたしは、群青に紙ヒコーキチェックのシュシュでポニーテール。

「今度のシュシュの企画当たるといいですね」

「もう当たってるわよ。さっきから何人も、はるかちゃんのことを見ている」

「え……車椅子の三人連れだからじゃないんですか?」

「視線の種類の区別くらいはつかなきゃ、この仕事は務まりません。むろん、はるかちゃん自身に魅力が無きゃ、誰も見てくれたりしないけどね」

「はるかの器量は学園祭の準ミスレベル。父親だからよくわかってる」

「それって、どういう意味」

「客観的な事実を言ってるんだ」

――それって、わたしのウィークポイントにつながっちゃうんですけど、父上さま。

「今のはるかちゃんは、東京で会ったときの何倍もステキよ。そのシュシュが無くっても」

――それは、秀美さんの心映えの照り返しですよ。

 発車のアナウンス。車窓を通して、笑顔の交換。発車のチャイム。

 あっけなく、のぞみはホームを離れていった。

 見えなくなるまで見送って、ため息一つ。

 この、あきらめとも安心ともつかないため息一つつくのに、四カ月の月日が流れていた。わたし
には人生の半分のように思われた。

 空には、夏の忘れ物のような、小さな入道雲が一つ、ピリオドのように浮かんでいた。

 

 『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第18章』より


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