せやさかい・176
専念寺さんて憶えてるやろか?
去年の三月に、お母さんに連れられてこの家に来た時住職さんが入院してはって、うちのおっちゃんやらテイ兄ちゃんが代わりに檀家参りやお寺のアレコレしてあげてたご近所のお寺。
その専念寺のご住職さんがまた入院しはった。
それで、おっちゃんとテイ兄ちゃんが再びピンチヒッターで助けに行くことになった。
お祖父ちゃんは腰が痛むので手伝いには行かへんらしい。
専念寺さんとうちを合わせたら檀家の数は三百軒近くになるんで、おっちゃんもテイ兄ちゃんもめっちゃ忙しい。
「うちは本願寺派(お西さん)やから融通きくけど、他の派とかやったらしんどいやろなあ……」
お祖父ちゃんがお茶を飲みながらしみじみ。
お寺の事はよう分からへんけど、うちの如来寺が本願寺派やいうことは知ってる。
末寺が一万ほどもあって、檀家さんは八百万人ほども居てるらしい。
「浄土真宗て、他にもあるのん?」
「うん、十派ある。西と東以外は千を切るさかい、同派同士の助け合いもしんどいねんやろなあ」
「十個もあるのん!?」
「ん……それは、どういう驚きや?」
「いや、親鸞上人が大本やから、もっとまとまってるんかと思た」
親鸞聖人は『ひたすら念仏を唱えたらだれでも極楽往生する』というメッチャシンプルな教義やさかい、分裂のしようもないと思うねんけど。
「八百年もたつと、まあ、いろんな事情ができてくるさかいなあ」
「そうなんや……」
「お祖父ちゃんも若かったら、手伝うてあげるんやけどなあ」
「専念寺さんの入院は長うかかるのん?」
「せやなあ……再発した言うてはったさかいなあ」
再発の意味は分かってる。
専念寺さんは癌やったんや、それが二年足らずで再入院。ちょっと難しいかもしれへん。
「………………」
「おおきになあ、さくらも坊主の孫やさかい他人事とは思われへんねんやろなあ」
「あ、それは……」
「あそこは息子があと継がんと外に出てしもて、万一のことがあったら寺出ならあかんやろなあ……」
「寺出るて?」
「嫁はんと、孫娘がおったかなあ……親族がお寺継がへんかったらお寺には住まれへん、本山が仲介に入って近所のお寺が住職兼務することになるやろなあ」
「そうなんや……」
他人事ながら、ちょっと俯いてしまう。
去年の春に如来寺がなかったら、うちもお母さんも行くとこないとこやった。
「いや、おおきにおおきに、さくらみたいに心配してあげることが大事やねんで。さすがは、お祖父ちゃんの孫や」
お祖父ちゃんは、そう言うと、子どものころにしてたように、頭を撫でてくれる。
ほんまはちゃうんです。
テイ兄ちゃんが車運転してくれてさ、残念さん、ほら、木村重成さんのお墓見に行くいう計画がね……。
正直に言うたら、頭を撫でてくれてるお祖父ちゃんの気持ちを無にするんで言いません。