「実は、その枕は立風さんが作ってくれたものなんだ」
家主のジイサンの言葉に不動産屋のジイサンも驚いた。
「いや、この座布団もそうなんだ『若いお客や、外人のお客さんには、こういう方が喜ばれますよ』って」
あらためて座布団を見るとキティーちゃんの市松模様だった。
細かい格子縞の中に小さなキティーちゃんが散らばっている。けして押しつけがましくなく、気づかない人の方が多いだろう。で、その分気づいた時は何倍も嬉しいに違いない。
「オイラの枕は、中村屋が亡くなった時に立花さん歌舞伎座まで行ってさ、中村屋の手拭い二枚買って、帰り道オイラが中村屋の贔屓だってことに気づいて、そいで枕にしてくれたんだ。かっちけねえんで、ずっとお飾りみたいにしてたんだけどね、あんたが同姓同名なんで持ってきたんだ」
「器用な人だったんですね……」
「これを見てくんねえ」
家主がスマホを見せてくれた。
そこにはセーラー服を着た1/3程の人形……ドールっていうんだろうか、知っていた子がドールが趣味で、少しは知っている。素体やヘッドを買ってきて自分でカスタマイズするんだ。メイクは自分でやって、同じヘッドや素体を使っても、メイクの仕方やポーズの付け方で、一つ一つ違って、それぞれ世界に一つだけのドールができる。僅かだけども男の人にもファンがいるらしい。
「こいつもね、立風さんが作ったんだ……オイラ、こういうものには疎いんだけどね、六十を超えたオッサンが作ったとは思えねえほど無垢でさ。可愛く微笑んでいるようで、どこか儚げでさ。ありがたくいただいたんだ。あとで娘にネットで調べさせたら衣装とかも含めたら、ここの家賃の半月分もするじゃねえか。そいで、ドール屋のファンクラブみてえのがあって、みんなが写真を撮っては投稿するんだよ。そこにこのドールが載ってたのには驚いた。それも銀賞だぜ、銀賞。きっと売ったら原価の十倍くらいの値はつこうってしろもんだ」
「家主さんは、いただいたままなのかい?」
不動産屋が突っ込んだ。
「いや、一度は返しに行ったよ。こんなもの頂戴できませんてね……そうすると『これは習作です。まだまだ、その子らしさが出てませんから』ときた」
三人揃ってスマホの小さな画面を見つめた。見れば見るほどよくできている。
あの子が作っていたのは可愛くてきれいだったけど、こういう情感は無かったと、颯太は思った。
「で、このでかい素体は?」
不動産屋が、箱に入った等身大を顎でしゃくった。
「うちの娘が、ネットで見つけたんだ。ホベツ製作所ってドール屋が等身大のドールの素体を発売したって。で、立風さんに見せたんだけど……注文してたんだね。なんせ受注生産だから、届くのに一か月ぐらいかかる」
「そいつが、今日来たってわけだ……」
不動産屋は、ごく自然に手を合わせた。
「これ、どうしたらいいんでしょう……?」
颯太は途方にくれた。
「同姓同名のおまえさんに来たのは、偶然じゃねえと思うんだ……立花さんには、まだ話があるんだ。聞いてくれっかい」
家主は颯太と不動産屋に、ぐっと顔を寄せた……。