『その他の空港・1』
荒れ模様の雷雨も収まって、ようやく、空港法第二条で『その他の空港』と雑に分類されるY空港は、その一日の役割を終えようとしていた。
「いやあ、マスコミもねばるもんでんなあ」
次長が、その性癖であるマメさから、広報室のあちこちに散らばっている湯飲みを片づけ始めた。
「選挙も終わって、もうオスプレイでもないやろにな。あ、すんまへん片倉はん」
「なんの、こないして体いのかしてるほうが、むつかしいこと考えんでええんですわ」
「そのサラリとしたとこは、勉強になりますわ。悪い癖で、ついムキにになってしまう」
「……なんや、あの放送局スマホ忘れていきよった」
「電話したろか、困っとおるやろ」
空港長の飯山は生真面目にスマホを手に取った。
「触らんほうが、ええですよ。スマホは個人情報の固まりですよって」
広報の出水結衣が、実年齢より十歳は若く見える顔でたしなめる。
プルルルル プルルルル
そのとき、管制塔から、広報室に電話が入った……。
『管制塔です、こちらに向かってくる編隊があるのですが、無線連絡に応えません』
「なんで無線にも応えへんのや……向こうからも何にも言うてけえへんか?」
『はい、互いに無線連絡をとってる様子もありません。真っ直ぐうちに向かってきます』
「なんで、うちの空港やねんな?」
やっと、マスコミとの我慢会が終わってホッとしたところだったので、空港長の眉間にしわが寄る。
空港長が尖がって、次長が湯呑を片付け終わったころに、それはレーダーに映ってきた。
九機の小型機が、三機ずつの編隊を三つ組んで、空港法によって「その他の空港」と雑に類別されるY空港を目指して飛んでくるのである。関空でも、神戸空港でもなく。全国でも数少ない交差滑走路を有する他は、先日のオスプレイで問題になるまで、日本中から忘れ去られ、しかも嵐の夜、営業時間も終わった午後八時過ぎにである。
「間もなく視認できます」
管制塔のみんなは双眼鏡を構えた。赤青の翼端灯の感覚はセスナほどしかなく、それが三機ずつ、三つの編隊になって向かってくる。
「単発の低翼機やなあ、きれいな編隊飛行や……発光信号『本日営業終了』」
「……あきません。ギア降ろして、降りる気満々でっせ!」
図体に似合わない爆音を響かせながら、九機の小型機はA滑走路に着陸した。ガラに似合わず飛行機にくわしい広報の出水結衣が呟いた。
「うそ、みんな鍾馗や……」
「正気やないで、着陸許可も出してへんのに……」
「飛行第246戦隊・第246飛行場大隊・蟹江中隊九機帰投……だれもおらんのか!!」
「やっぱり、正気やない……」
「鍾馗三編隊の帰投だ、だれも出迎えんのか!」
隊長とおぼしき一番機の搭乗員が叫んでいる。駆けつけた整備員や、警備員と言い合いになり始めた……。
「なんだと、昭和三年だと。違う? 令和三年? なんだそれは? 貴様ら寝ぼけておるのか。今日は昭和二十年五月十七日だ……なんだ灯火管制もせずに、貴様らでは話にならん。大隊長か飛行長殿のところに案内しろ」
「せやから、わたしがこの空港長で……」
「クーコーチョー? なにを寝ぼけたことを、ここは陸軍飛行第246戦隊・第246飛行場大隊の基地だ、見ろ周りを」
空港長たちは、びっくりした。あたりは真っ暗で、ついさっきまで煌々と輝いてた大阪の街はおろかY市の灯りも見えない。
「ただちに灯火管制、今夜半の敵の襲撃に備え、機体を整備し燃料弾薬の補給をせよ」
「隊長殿、周りの風景が……」
今度は、周囲の景色が、夕闇の中の二十一世紀のそれに変わった……。
「なんだ、これは……!?」