真凡プレジデント・4
それほど勉強のできる方じゃない……わたしもね。
だから、なつきの勉強をみてやるといっても大層なことはやらない。
「憶えたあ?」
「う、うん……自信ないけど」
「無くっていいよ、じゃ、問題五つほどやってみよう」
シャーペンのお尻で例題と練習問題を示す。
なつきが公式を暗記している間に、わたしはページを二枚めくって、次の公式を確認する。
一枚めくったところには応用問題があるんだけど、それはパス。
テストの2/3は基本問題だ。
うちは上から数えて2/3くらいの偏差値。むつかしい問題はそんなに出ない。
評定の5だとか4だとかを目指すんなら応用問題もやらなきゃならないけど、普通の3を目指すんだったら基本だけでいい。
3というのは点数で50点から69点。実に20点の幅がある。
進学や就職に向けての成績は評定で表される。だから、50点でも69点でも同じ3がつく。だから60点くらいのところを狙っていればいい。60点を狙えば55点くらいに落ち付く。
だってそうでしょ、評定4を目指そうと思えば70点は取らなきゃならない。湯気が出るほど頑張って69点だったら、適当にやって取った69点と同じ評定3になる。
そりゃ、うちのお姉ちゃんみたくスイスイ100点取っちゃう奴もいるけど、そんなの真似したら息苦しくってかなわない。
まして、わたしの横で基本問題をやってるなつき……
「コラーーー!」
なつきはコタツの下で可動式のフィギュアをいじっている。シャーペンのお尻でオデコを叩いてやる。
「イテ!」
「サッサとやる!」
「はーい(^#▽#^)」
甘えた声を出して、渋々という感じで練習問題に取り掛かる。
「それやったら、次の公式ニ十回、例題二問やっておしまいだから」
「う、うん」
わたしは、公式の確認を終えて世界史のノートを出す。ざっと読み直してポイントを絞りなおす。
アンダーライン引いたところを全部なんてやれやしない。絞って外れるところも出てくるけど、ま、目標は評定3だ。
なんとか終わって顔を上げるとフィギュアがアラレモナイポーズをとっている。
「もー、ちゃんとやれたの?」
「ほら」
一応見てやる、五問の内の二つを間違えている。
「だめでしょ、単純な代入ミスなんかしちゃあ、ダラダラやってたら時間かかって嫌になるだけなんだから!」
「ちゃ、ちゃんとやるわよ(^_^;)」
なつきが勉強できないのは能力じゃなくて、やる気だ。一時間ちょっとの勉強でフィギュアのポーズが三回も変わるようじゃね。
なんとかノルマを果たすと階段をドスドス上がってくる音がする。
「コラ、健二!」
ノラクラしていたなつきがスイッチが入ったように飛び出る。
――もう、靴下脱いでから上がれって、何度も言ってだろ! おまえ、汚ねーんだからさ!――
――ちょ、階段で怒るなよ、あぶねーからさ、け、蹴るなよ!――
ドシンバタンと追いやる音と声が続く、弟の健二が帰って来たようだ。家と弟のことになれば、やっぱ立派にお姉ちゃんをやっている。
「健二、あんまりお姉ちゃん困らせんじゃないよ」
「あ、もう帰る?」
「送ってこうか!」
「ハハ、女の子をエスコートするには十年早いわよ。じゃ、また明日ね」
框を下りると――ありがとうね、真凡(まひろ)ちゃん!――おばさんの声がお好み焼きのいい匂いと共に響く。
営業中の時はお店を通れないので路地に面した玄関の方から出ていくんだ。
路地を抜けると商店街。
お肉屋さんの方から揚げ物のいい匂い。コロッケなんか買って食べたくなるけどガマンガマン。
ナイスバディーじゃないけどブサイクというほどでもない。生徒会長に立候補するんだ、せめて普通はキープしておきたい。
コロッケを我慢して少し行くと電気屋さん。店の中の4Kテレビが夕方のニュースをやっている。
おすましした女子アナが首相の悪口同然のニュースを流している。ほんの三月まではお姉ちゃんがやっていた……こんどの女子アナはお姉ちゃんほどにはイケてない。
すると、濃厚なコロッケの香りが後ろの方から。
振り返ると、ジャージ姿にマスクした自堕落お姉が立っていた……。
たった今の感想返してよ。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問