最初はSAH

2000.11にくも膜下出血(SAH)発症。無事後遺症もなく生還。今興味あること:脳のこと,教育のこと,テニスのこと

ホームページ

2007-11-05 14:32:08 | Weblog
ホームページを作ってみたいと思っている人は多いと思う。
私は、自分がくも膜下出血になる前には、作ってみたいなどと思いもしなかった。
だって、多くの人に伝えたいことなんて何もなかったから…
くも膜下出血を無事乗り越えた時も、天性呑気なせいか最初はそれほど、
大変だったような気がしなかったので、人に伝えたいとは思いませんでした。
でも、友人のお母さんがこの病気の後遺症で
本人も家族も大変な思いをしていることを知ったり、
医師に運が良かったといわれたり、会う人ごとに、
何で無事に後遺症なく生還できたかと聞かれ、
この病気について調べていくうちに、確かに運も良かったが、
自分自身、周りにいた人の処置などの影響も大きかったと思った。

そこで、自分の体験を良く分析して人に知らせることは意義のあることではないかと思い、
文章にして本にしてみた。でも私の本なんて買ってくれる人は限られている。
そうだっ!こういう時こそインターネットだと思い、ホームページを作った。
今、これは本当にいい思いつきだったと思っている。
一銭もお金もかからずに、自分の知らせたいことを世界中に知らせることができる。
そして、知らせるだけでなく読んだ人の意見まで聞くことができる!
こんな素晴らしいことはないと思った。

今また、私は、祖父 海音寺潮五郎の作品を読み返し、
とても素晴らしい作品が本当にたくさんあると思い
少しでも多くの人に読んでもらいたいと思って、
記念館のホームページを作ろうとしている。
しかし、これは難しく、暗礁に乗り上げている。
記念館のホームページとなれば、私の思いだけではできない。
館のみんなの思いを入れて作らなければならない。
しかし、根本が食い違っているようで、もう投げ出したくなってしまっている。

だいたい私は、小説家の記念館なんてものは見てもらっても、
作品を読んでもらわなければ意味がないと思っている。
画家や彫刻家などは、展示品が作品であるから、記念館に足を運んでもらうことが、
何より大切だ。しかし、小説家の作品は小説だ。
もちろん、記念館に来館したことがキッカケで作品を読むことになったり、
多くの作品を読んで、どんな人だったかを知りたくて
来館する人もいるので、来館者を拒むつもりはない。
しかし、記念館は海音寺の自宅であったところをそのまま(多少手は入れているが)
開放しているだけで、人的受け入れ体制も全くできていないので、
予約者だけにこちらの都合の良い時に見学頂いている状況だ。
予算からいっても、その状況を今すぐ変えられない。
となれば、ホームページは、記念館の紹介というより、
海音寺の作品と人となりを紹介するページをつくるしかない思うのだが、
わかってもらえない。
コメント (2)
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