2019年6月1日(土)
== 世界遺産サンマリノからサンセポルクロ、ポッピ観光へ(2/3・サンセポルクロ) ==
サンマリノから南西へ、小さな町やゆったりとした山並みの間を縫うようにアップダウ
ンの多い一般道を進む。
緑に囲まれたモンデドリオ(Montedoglio)湖を見下ろし、間もなくの12時10分にサ
ンセポルクロに着いた。
サンセポルクロ(Sansepolcro)は、昨日訪ねたフェラーラやラヴェンナなどのあるエミ
リア ロマーニャ州の南に接した、イタリア中部のトスカーナ(Toscana)州アレッツォ
(Arezzo)県の標高約330mのところにあり、人口約16,000人の基礎自治体。古く
はボルゴ・サンセポルクロと呼ばれたという。
ちなみに、トスカーナ州はイタリア中部に位置し、イタリア・ルネッサンスの中心にな
ったフィレンツェや斜塔で有名なピサなど多くの古都があり、文化遺産や自然景観に恵ま
れ、多くの観光客が訪れるところ。
主要産業は農業で、ワイン、オリーブ、小麦などを生産し、特にワインは世界屈指の醸
造地になっているという。
サンセポルクロは、初期ルネサンスの偉大な画家・ピエロ・デッラ・フランチェスカ
(Piero della Francesca・1415頃~92)の生地として有名で、この街を訪れる多くの
観光客の目的は、ピエロの絵画観賞のよう。
また、複式簿記を考案した数学者・修道士ルカ=パチオーリの生地でもあるという。
バスを下りた近くに、サンセポルクロ旧市街の地図があり、城壁に囲まれていることが
分かる。
城壁は、要塞とともに15世紀トスカーナ公国時代にコジモ1世の命で建造されたもの
とか。
その城壁の門を入って細い通りの旧市街を進み、中央部の広場に出た。
ベルタ(Berta)の塔の広場で、たくさんの露店が並び、観光客も多い。
広場を一巡後、北側の通りに入ってサンセポルクロ大聖堂前やサン・フランチェスコ教
会、司教館のロッジア、プレトリオ宮(市庁舎)の前などを回る。
サンセポルクロ大聖堂
サン・フランチェスコ教会
司教館ロッジア
市庁舎の壁面には、たくさんの紋章が飾られている。
12時30分過ぎにフリータイムとなり、昼食は各自で自由にすることにしたのだが、
希望の人は13時に広場に集合して添乗員の福原さんお勧めのレストランで昼食をするこ
とにした。
30分近く時間があるので、サンセポルク大聖堂を拝観することに(無料)。
堂内に入り、正面の祭壇や周辺のたくさんの絵画などを見る。その幾つかを。
サンティ・ディ・ディオート(1536~1603)の「聖トッマーソの不信」
ラッフェロ・スカミノッシ(1529~?)の「慈悲の聖母」
主祭壇
上 ラッファエッリーノ・デル・コッレの「永遠なる父」
下 パルマ・イル・ジョーヴェネの「被母被昇天」(1602)
アンドレア・デッラ・ロッビア(1435-1528)の「タベルナコロ」
14世紀フィレンツェの無名彫刻家の「聖母子」
ファッフェリーノ・デル・コツレの「キリストの復活」
ロマーノ・アルベルティ(ボルゴ・サン・セポルクロで16世紀後半~17世紀前半に活
動)の「礫刑」
5分余りで大聖堂の参観を終え、近くのインフォメーションセンターに入り、サンセポ
ルクロの地図をもらい、絵はがきを求める。
ベルタの塔の広場に12時50分に戻り、露店をのぞいたり掲示されていた古い写真を
見たりした。
13時までに17人が集まり、添乗員の福原さんとともに少し歩いて「TRATTORIA」
というレストランに行き、14時05分頃まで昼食をする。
レストランを出て、旧市街を北に戻って城壁を出て、公園のそばのバス駐車場に行き、
14時15分にサンセポルクロを後にした。
この後は、北西に約65㎞のポッピに向かう。(続く)
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== 世界遺産サンマリノからサンセポルクロ、ポッピ観光へ(2/3・サンセポルクロ) ==
サンマリノから南西へ、小さな町やゆったりとした山並みの間を縫うようにアップダウ
ンの多い一般道を進む。
緑に囲まれたモンデドリオ(Montedoglio)湖を見下ろし、間もなくの12時10分にサ
ンセポルクロに着いた。
サンセポルクロ(Sansepolcro)は、昨日訪ねたフェラーラやラヴェンナなどのあるエミ
リア ロマーニャ州の南に接した、イタリア中部のトスカーナ(Toscana)州アレッツォ
(Arezzo)県の標高約330mのところにあり、人口約16,000人の基礎自治体。古く
はボルゴ・サンセポルクロと呼ばれたという。
ちなみに、トスカーナ州はイタリア中部に位置し、イタリア・ルネッサンスの中心にな
ったフィレンツェや斜塔で有名なピサなど多くの古都があり、文化遺産や自然景観に恵ま
れ、多くの観光客が訪れるところ。
主要産業は農業で、ワイン、オリーブ、小麦などを生産し、特にワインは世界屈指の醸
造地になっているという。
サンセポルクロは、初期ルネサンスの偉大な画家・ピエロ・デッラ・フランチェスカ
(Piero della Francesca・1415頃~92)の生地として有名で、この街を訪れる多くの
観光客の目的は、ピエロの絵画観賞のよう。
また、複式簿記を考案した数学者・修道士ルカ=パチオーリの生地でもあるという。
バスを下りた近くに、サンセポルクロ旧市街の地図があり、城壁に囲まれていることが
分かる。
城壁は、要塞とともに15世紀トスカーナ公国時代にコジモ1世の命で建造されたもの
とか。
その城壁の門を入って細い通りの旧市街を進み、中央部の広場に出た。
ベルタ(Berta)の塔の広場で、たくさんの露店が並び、観光客も多い。
広場を一巡後、北側の通りに入ってサンセポルクロ大聖堂前やサン・フランチェスコ教
会、司教館のロッジア、プレトリオ宮(市庁舎)の前などを回る。
サンセポルクロ大聖堂
サン・フランチェスコ教会
司教館ロッジア
市庁舎の壁面には、たくさんの紋章が飾られている。
12時30分過ぎにフリータイムとなり、昼食は各自で自由にすることにしたのだが、
希望の人は13時に広場に集合して添乗員の福原さんお勧めのレストランで昼食をするこ
とにした。
30分近く時間があるので、サンセポルク大聖堂を拝観することに(無料)。
堂内に入り、正面の祭壇や周辺のたくさんの絵画などを見る。その幾つかを。
サンティ・ディ・ディオート(1536~1603)の「聖トッマーソの不信」
ラッフェロ・スカミノッシ(1529~?)の「慈悲の聖母」
主祭壇
上 ラッファエッリーノ・デル・コッレの「永遠なる父」
下 パルマ・イル・ジョーヴェネの「被母被昇天」(1602)
アンドレア・デッラ・ロッビア(1435-1528)の「タベルナコロ」
14世紀フィレンツェの無名彫刻家の「聖母子」
ファッフェリーノ・デル・コツレの「キリストの復活」
ロマーノ・アルベルティ(ボルゴ・サン・セポルクロで16世紀後半~17世紀前半に活
動)の「礫刑」
5分余りで大聖堂の参観を終え、近くのインフォメーションセンターに入り、サンセポ
ルクロの地図をもらい、絵はがきを求める。
ベルタの塔の広場に12時50分に戻り、露店をのぞいたり掲示されていた古い写真を
見たりした。
13時までに17人が集まり、添乗員の福原さんとともに少し歩いて「TRATTORIA」
というレストランに行き、14時05分頃まで昼食をする。
レストランを出て、旧市街を北に戻って城壁を出て、公園のそばのバス駐車場に行き、
14時15分にサンセポルクロを後にした。
この後は、北西に約65㎞のポッピに向かう。(続く)
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