神にかけて誓ってよいですが、自分は無神論者です(誓うなよ)。
たぶん、死ぬまで神の存在を信じることはないでしょう。
目の前に突然神が降臨してきて、「ウチが噂の神だっちゃ」なんて言ったりしない限りは。笑。
けれど、ときどき神の存在を信じる人のことが羨ましくなることがあります。
神の存在を信じていれば、喜びは倍になり、悲しみは半分になるのだろうと想像するからです(あくまで自分の想像ですけどね)。
神の存在を信じるってことは、いわばどんなときでも神が自分のそばについていてくれる、つらいときに心の支えになってくれるってことなのではないでしょうか?(繰り返しますが、自分の想像です)
自分なんて落ち込んだとき、つらいときに心の支えになってくれるものなんてないので、そういうときいっそ神に縋るかと思わないでもないですが、それってそれこそ「苦しいときの神頼み」以外の何ものでもなく、そんなヤツに縋られても神にとって迷惑なだけだと思うので、結局縋ったりはしないのですが。
それで、自分と同じ無神論者が、苦しいとき、つらいときに何を心の支えにしているのか、気になったので、ミクシィの【無神論者】コミュで、そのことを問うトピックを立ててみました。
現在までにそのトピックはコメントが300以上寄せられました。自分が立てたトピックのコメントがそこまで長大なものになるとは感慨深いものがあります。
コメントをざっと眺めてみて、まず気づくのは、心の支えとして「自分自身」を挙げている人の多さですね。
これは、、、羨ましいな。
自分なんて、まず誰が信用出来ないかといって、自分自身が信用出来ないですからね。笑。
苦しいときに自分に頼ろうなんてこれっぽっちも思いません(思えません)。
次に、「周りの人、友人」を心の支えとして挙げている人が多いようです。
自分は、、、それが出来ません。
一言で言えば経験則になるのかな。
これまで、親友だと思っていた人からある日突然縁を切られる、もしくは親友だと思っていた人といつの間にか交流が途絶えることがあまりにも多かったので、現時点で交流のある人も、いつか自分の元から去っていく、いつか自分のことを見捨てるんじゃないかって戦々恐々なんです。
自分のブログにコメントをしてくれる常連さんのことはみんな大好きですよ。
でもいつか去っていくんだろうなって思ってます(失礼な話ですが)。
いつか去っていくだろうなと思う人を頼ることは出来ません。
あとは、趣味を挙げている人も多いですね。
特に音楽。
ノー・ライフ、ノ・ーミュージックってヤツですね。
好きな音楽を聴いて生きる活力が得られるなら、こんな素晴らしいことはないと思います。
でも自分に関して言えば、趣味が心の支えにはなり得ないかな。
映画や読書や連鶴は、もちろん好きだけど、それらはあくまで純粋に趣味で、いわば暇つぶしでしかないんですよね。
没頭してそれをするってことはあまりないです。
そうそう、心の支えなんてない、心の支えなんていらないって言ってる人も目に付きました。
でも、そういった人の日記を読んだら、「ダーリンがいないと生きていけない」なんて書いてあったんで、つい笑っちゃいました。ダーリンが心の支えではないの?
結局何が言いたいか、上手くまとめることは出来ないんですけど、心の支えがある人は幸福なんじゃないかな。
それは間違っていないと思います。
自分の心の支えが何なのか、自分自身に改めて問うてもいいんじゃないでしょうか?
たぶん、死ぬまで神の存在を信じることはないでしょう。
目の前に突然神が降臨してきて、「ウチが噂の神だっちゃ」なんて言ったりしない限りは。笑。
けれど、ときどき神の存在を信じる人のことが羨ましくなることがあります。
神の存在を信じていれば、喜びは倍になり、悲しみは半分になるのだろうと想像するからです(あくまで自分の想像ですけどね)。
神の存在を信じるってことは、いわばどんなときでも神が自分のそばについていてくれる、つらいときに心の支えになってくれるってことなのではないでしょうか?(繰り返しますが、自分の想像です)
自分なんて落ち込んだとき、つらいときに心の支えになってくれるものなんてないので、そういうときいっそ神に縋るかと思わないでもないですが、それってそれこそ「苦しいときの神頼み」以外の何ものでもなく、そんなヤツに縋られても神にとって迷惑なだけだと思うので、結局縋ったりはしないのですが。
それで、自分と同じ無神論者が、苦しいとき、つらいときに何を心の支えにしているのか、気になったので、ミクシィの【無神論者】コミュで、そのことを問うトピックを立ててみました。
現在までにそのトピックはコメントが300以上寄せられました。自分が立てたトピックのコメントがそこまで長大なものになるとは感慨深いものがあります。
コメントをざっと眺めてみて、まず気づくのは、心の支えとして「自分自身」を挙げている人の多さですね。
これは、、、羨ましいな。
自分なんて、まず誰が信用出来ないかといって、自分自身が信用出来ないですからね。笑。
苦しいときに自分に頼ろうなんてこれっぽっちも思いません(思えません)。
次に、「周りの人、友人」を心の支えとして挙げている人が多いようです。
自分は、、、それが出来ません。
一言で言えば経験則になるのかな。
これまで、親友だと思っていた人からある日突然縁を切られる、もしくは親友だと思っていた人といつの間にか交流が途絶えることがあまりにも多かったので、現時点で交流のある人も、いつか自分の元から去っていく、いつか自分のことを見捨てるんじゃないかって戦々恐々なんです。
自分のブログにコメントをしてくれる常連さんのことはみんな大好きですよ。
でもいつか去っていくんだろうなって思ってます(失礼な話ですが)。
いつか去っていくだろうなと思う人を頼ることは出来ません。
あとは、趣味を挙げている人も多いですね。
特に音楽。
ノー・ライフ、ノ・ーミュージックってヤツですね。
好きな音楽を聴いて生きる活力が得られるなら、こんな素晴らしいことはないと思います。
でも自分に関して言えば、趣味が心の支えにはなり得ないかな。
映画や読書や連鶴は、もちろん好きだけど、それらはあくまで純粋に趣味で、いわば暇つぶしでしかないんですよね。
没頭してそれをするってことはあまりないです。
そうそう、心の支えなんてない、心の支えなんていらないって言ってる人も目に付きました。
でも、そういった人の日記を読んだら、「ダーリンがいないと生きていけない」なんて書いてあったんで、つい笑っちゃいました。ダーリンが心の支えではないの?
結局何が言いたいか、上手くまとめることは出来ないんですけど、心の支えがある人は幸福なんじゃないかな。
それは間違っていないと思います。
自分の心の支えが何なのか、自分自身に改めて問うてもいいんじゃないでしょうか?