この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

自分は面白いと思った『響~小説家になる方法~』

2018-09-09 23:56:18 | 漫画・アニメ
 機会があって、今度の週末に映画が公開される『響~小説家になる方法~』を2巻にあたるところまで読みました。
 自分は面白い、なるほど、これはマンガ大賞を受賞し、映画化もされるわけだ、と思いました。

 しかしアマゾンのレビューを読むと意外なことに否定的な意見が多く見受けられました。
 否定的な意見の多くはヒロインが暴力的なところが受け入れられなかったみたいです。
 どうも今の人は日常に存在する暴力を極端に忌み嫌うようですね…。

 今の学校において教師は如何なる理由があっても生徒に体罰を加えたり、暴力を振るってはいけない決まりらしいです。
 正直、それは如何なものかと自分は思います。
 もちろん理由もなく暴力を振るう教師は論外です。
 でも理由があったとしても体罰をしてはならないというのはどうなんですかね。
 組織的で陰湿ないじめを行っていた生徒に「いじめはやっちゃいけないことなんだよ」と口頭注意してそれで終わらせる?注意された生徒が「そうか、いじめはいけないことなんだな」と改心してくれればいいですよ。でもいじめを先導するような生徒が口で注意されたぐらいで改心するとは思えない。
 時には教師が人としてやってはいけないことをやった生徒に対して平手で打つぐらいのことはやってもいいと思うけどなぁ。
 そう考える自分が時代遅れで過激なのか。

 話を『響~小説家になる方法~』に戻すと、確かにヒロインの響は暴力に対して躊躇をしません。
 ただ、誰彼構わず、見境なく暴力を振るっているわけではないんですよね。
 自分の大切な何かを奪おうとする人間に対して過激な対応をしているだけで。

 自分にはそう読み取れたので響の暴力を不快に思うこともありませんでした。

 それからアマゾンのレビューで「絵が下手だ」という意見も見受けられました。
 それについては否定しませんが、でも漫画家の誰も彼もが『ヒカルの碁』の小畑健のように超絶的な画力を持っていなければならないとは思いません。

 あと同じくアマゾンのレビューで、響の書く小説をもう少し具体的に読みたいという人もいましたが、それは無理というものだと思います。
 なぜなら作品の中の響は天才(という設定)であっても、作品を生み出した作者の柳本光晴は別段天才だというわけではないでしょうから。
 無理なことは望まない方が良いです。

 映画は今度の週末に公開されます。
 原作がどの程度反映されているのか、確かめるために観に行こうかと思っています。
コメント (2)
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