食事をした場所から、応接室に移動した。
四隅に見張りの黒服が立っていることを除けば、昨晩の月光の間と同じ雰囲気である。一人一人に飲み物が配られ、菓子がテーブルの中央にならべられている。
「マリアは、私と同じ歳の幼馴染で、私の恋人です」
説明を求められ、アーサーが語りだす。亡くなって3年、というのに、「恋人でした」ではなく「恋人です」と現在進行形で話すアーサーに、一同思い思いの気持ちで視線を向ける。
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マリアは9歳のときから、海岸に佇む少女の夢を頻繁に見るようになったという。
マリアは母と二人暮らし。母はテーミスの末端の血筋であった。
アーサーの家はテーミス王家に近い家柄だったため、月の姫候補の写真を入手することができた。
それをマリアに見せたことにより、マリアが月の戦士であることに気が付く。
テーミス王家からは、月の戦士は名乗り出るよう言われていたが、名乗ったことにより、母やアーサーと離れて暮らすことになっては困るので、マリアが月の戦士だということはアーサーと二人だけの秘密にしていた。
月の姫が日本人だと分かったため、マリアとアーサーは日本語の勉強をはじめる。
二人が一番初めに覚えた日本語の文章は、『私はあなたを守ります』だった。
アーサーは能力者を有する家系の出で、生まれつき発火能力を持ち合わせていた。9歳のときにマリアにオーラの能力が芽生えてからは、影響されたのかオーラも発現した。
それから7年後…。
マリアは、イーティルに取り込まれてしまう。そのイーティルはマリアのオーラ能力に惹かれたようだった。
「イーティルとは?」
という白龍に、アーサーは答える。
「闇の力、といえばあなた方も聞いたことがあるでしょう?」
テーミスでは現在、イーティルのことを『闇の力』と呼んでいる。
イーティルとは、テーミス星とデュール星の間にある小さな星。
テーミス星とデュール星の王族と一部の住民が地球に避難した際、イーティル星の住民もわずかだが地球に下りてきていた。
テーミス星とデュール星の住民は、地球人と外見はまったく変わらない。
だが、イーティル星の住民は違っていた。精神体を基本の姿とし、宿り木によって姿を変える。
テーミス王家はイーティルの存在を恐れ、殲滅を図った。
デュール王家はイーティルの力を我が物にしようとした。
3星間での戦争は、テーミス王家によるイーティル侵攻が原因であったが、それを隠蔽するためにテーミスの史実ではイーティル星は存在しないものとなっている。
イーティルの存在を『闇の力』と名付け、地球上に古来からいる魔の力を持つ異形のもので、打ち滅ぼすべきもの……と一般のテーミスには伝えられている。
闇の力の正体を知っているのは、王家中枢の人間だけである。
「香を襲った、手の形をした奴らって、イーティルじゃないか?」
クリスの確認に、アーサーが苦笑してうなずく。
「気が付いてたんだね。クリスはやっぱり王家の人間なんだな」
「………」
複雑な表情で黙り込むクリス。
話はマリアに戻る。
イーティルに取り込まれてしまったマリア。精気を吸い取られはじめ、マリア本人の姿からも変化しようとしていた。
どうにかしてくれ、とアーサーは両親に泣きつく。
アーサーの両親がすぐにテーミス王家に報告をする。
しかし、出された指令は、<マリアごと闇の力を抹殺すること>。
アーサーの両親の容赦ない攻撃から、マリアを連れて逃げるアーサーとマリアの母。
時折マリアは意識を取り戻しながらも、違う形になっていく。
マリアを取り込んでいるアメーバー状の異形なものが、マリアの母をも吸収していく。
マリアを取り戻そうと、異形なものから引き剥がそうとするアーサー。
だが、そのアーサーをも、取り込もうとする異形のもの。
マリアと共に死ねるのなら、それも本望だ……と思ったその時。
「デュール王が現れたのです。当時はまだ王ではなく、『織田の大将』と呼ばれていましたが」
敬愛の表情でその名を口にするアーサー。
織田将がデュール王の王位を継承したのは一年前である。
しかしそれまでも、病床の父王に変わってその圧倒的なカリスマ性でデュール王家をまとめていた。若いころから『織田の大将』と呼ばれ、デュール内部からもテーミスからも恐れられている人物である。
織田将は、マリアに向けて大きなオーラを放った。同時に、3人の黒ずくめの影のような男女からもオーラが放たれる。
異形のものが吸い出されるように上へ上へと昇っていく。
残されたのは干からびた状態のマリア。意識を失ったマリアの母。そして、無傷のアーサー。
「マリアは亡くなっていました。マリアの母は助かりましたが、正気を失ってしまい、その半月後に自ら命を絶ちました」
しんっと部屋の中が静まりかえる。
「織田の大将は言っていました。もう少し早く対処していれば、マリアは助かっていた、と。実際そうでしょう。私は一度取り込まれたのに織田の大将のおかげで助かりましたから」
織田将は、当時、各地を回って『イーティル狩り』をしていた。
テーミスのように抹殺するのではなく、イーティルを使役するのだ。オーラで包み込み、精神体に直接語りかける。逆らいようもない大きな力で抑え込み、主従の契りを交わす。
デュールの血筋の者の中には、『異形使い』と呼ばれる、イーティルを使役する能力を持つ者が存在する。リンクス=ホウジョウもその中の一人である。
デュール家でも、イーティルの存在は一般のデュールには隠されていた。テーミスと同じくイーティルのことは古来から地球上にいる生物で『異形の物』と伝えられている。自分たちと同じ、地球外生命体であり、なおかつ知的生命体だということを知られ、使役することへの反発が起きることを防ぐためだった。
織田将は歴代のデュール王の中でも使役する能力は最大級の力を有している。
「織田の大将……デュール王は、この世のすべてを掌握する人です」
「………」
「月の姫、予言とは関係なく、あなたの能力は素晴らしい。織田家にきていただければ必ず世の平和のため活躍することとなるでしょう」
アーサーが熱心に香に語りかける。
「戦争や内紛が続いているこの世の中。それを平和の道へ導くのは絶対的な力です。デュール王は必ずやそれを成し遂げます。テーミスのように、恐れるものはすべて抹殺する、という考えでは戦争はなくならない。絶対的なリーダーの元、共存していく方法を取るべきなのです」
**
「……織田家につくことは、オレにとって悪い話ではない、とさっきいったよな?」
クリスが腕組みをしたまま、アーサーに問いかける。
「あれは、その世界平和とか、そういうことか?」
「ああ……」
アーサーが意味ありげにニッと笑う。
「それもあるけど、もっと俗物的なことだよ」
「俗物的?」
「そう……。君はまだ未成年だ。このままテーミスに戻ったところで、ホワイト家の庇護下にいるしかない」
「………」
「すると君は、叔父上の命令通り、カトリシア・ホワイトと結婚することになる。実際今だって、婚約中だよね?」
「ち、違う!!」
クリスが慌てて立ち上がる。
「婚約なんて、親同士が決めたことでオレは了承していない!」
「でも、二人の婚約は周知の事実だよ? ねえ?イズミ」
「………」
イズミが小さくうなずく。
「そういえばそんなことを両親が話していたような……」
「わあ!イズミ!余計なこと言うなっ」
クリスはアタフタと手足をバタバタさせながら、
「違うっ違うんだよっ。本当にオレは了承してない!後ろ暗いことは何もない!カトリシアとは何もない!」
わあわあと叫び続ける。
「香っ本当だからなっ。何なら心を読んでくれてもかまわないっ。ていうか、読んでくれっ!」
「え………」
香はかなり引き気味に、ぼそりと、
「そんなムキにならなくても………私、別に関係ないし」
「………そ」
ガクン、とクリスがソファーに座り込む。関係ない、と言われ、地の底まで落ち込んでいる。
「で、クリス」
アーサーがわざとらしく明るく、
「テーミスに戻ったら結婚させられる君も、織田家に残れば、織田の援助を受けられ、しかも自由恋愛も認められる」
「………」
「これから姫の気持ちが君に向く可能性だってあるかもしれないよ?」
「………」
「どうだい?悪い話じゃないだろう?」
ニコニコというアーサーを、恨みがましくクリスは見上げ、
「お前に言われるとなんかムカつく……」
ソファーに深く深く沈んでいった。
「ちなみに……」
何でもないことのように、アーサーが付け加えた。
「カトリシア『様』とジーン『様』には、『月の王子が見つからず予言は失敗した。月の姫と我々月の戦士は今、九州にいる』って報告してあるよ。だから今頃テーミスの皆さんは九州ぐるぐる回ってるんじゃないかな~」
「……どんだけ嘘つきだよ」
ブツブツとクリスは言いながら、白龍に視線を移す。
「で? 白龍は何を言われたんだ?」
「…………」
「白龍はね、この中で一番織田家に来る利点が大きいんだよね」
「利点?」
「白龍の最大の目的は、テーミス王家転覆」
「て……」
一同の視線が白龍に集まる。
「白龍もまだ未成年だからね。月の姫の力を得たところで、テーミス王家に対抗する勢力を作り出すのは不可能と考えていた。そこへ桔梗を通して忍様とのコネクションができたことにより、忍様を頼ることを思いついた……ってとこだよね?」
「………」
白龍は無表情にアーサーを見つめ返すと、
「だから先ほども言ったように、織田将の元に下ることは考えられない」
「かといって、テーミスにも戻りたくないんだよね? だったら」
「それでも、デュール王家の世話には………」
「忍様の元は良くても?」
「………」
アーサーは軽く肩をすくめると、
「結局同じことだと思うんだけどなあ。そうですよね?忍様?」
「………」
忍はゆっくりとコーヒーのカップを口に運びながら、静かに微笑んでいるだけである。
「イズミの返答は単純明快。『私は香を守りたい』。きっとマリアも同じことをいうだろうな」
「………」
イズミは口をへの字にしたまま押し黙っている。
「さて。月の姫、あなたはどうお考えですか?」
「え?!私?!」
いきなり話を振られて、香(ミロクの姿)はドギマギと
「そんなこと急に言われても……」
「では、月の王子、あなたはいかがですか?」
「ぼく?!」
香の姿をしたミロクはうーんとうなると、
「父上のお考えとかテーミス家のこととか、そういうのはよくわからないけど…。僕はとりあえず、あの月に行ってみたいな」
「………」
はっとした空気が流れた。
ミロクが人差し指を立てる。
「扉はまだ閉ざされたわけじゃないと思うんだ。なんだか呼ばれている気がするし」
「あ、それ、私も感じる。ずっと何かに呼ばれてるよね?」
遠慮がちに香がいうと、ミロクは「やっぱり!」と喜んで香の両手を握った。でも昨晩のように交わることはなく、お互いの温かい手の温度を感じるだけである。
「それは素晴らしい」
アーサーがパアッと明るく言い放つ。
「まだ予言は生きているということですね。是非、成就させたいですね」
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アーサーさんとマリアの話、ちゃんと書きたかったけど要約しちゃった。
このイーティルの存在は、私が以前別に書いている「月の王子」の中に出てくるものの元ネタになってます。
で、久しぶりに自分で書いた「月の王子」を読み返して、めっちゃ恥ずかしくなってたとこです。
なんでしょう?なんでこんなにエッチなこと書きまくってたんだろう?
……あ、そうか。思い出した。R18の小説の賞に投稿するためだったんだ^^;
それはさておき~~。
なんとか3日の投稿に間に合いましたが、ギリギリですね。
シュレッター待ちのノートがあと10冊ほどあることだし、
本当にもうこのお話も要約要約で要約して最後まで書いてしまおうと思います。
次回……どうでしょう。6日(月)を目指して頑張ります。