「こいつはおれ専用だから貸出し不可!」
思わず言ってしまった。
最近、クラスの女子がやたらと浩介に馴れ馴れしいことにずっとムカついてたからな……。特に鈴木。まとわりつくな!
浩介が文化祭委員として頑張ってることは、よーく知っている。それを応援しないといけないことも、よーく分かっている。けれども……
(おれ、心狭いなあ……)
最近、浩介の様子がちょっとオカシイことも、この発言に繋がっているともいえる。
最近の浩介は距離感が変だ。すごく近づいてきたかと思うと、遠くに行ってしまったり……
文化祭の準備が忙しいからだろうか。文化祭が終わったら、元に戻ってくれるかな……。
水曜日から、中間テスト一週間前のため、放課後の活動が禁止になる。
だから、月曜火曜も写真部やるよ、と妹の南から聞いたので、放課後、写真部に顔を出すことにした。今回何も出来ていないので、せめて何か………
なんて、殊勝な心は部室につくなり吹き飛んだ。
「な、なんだそれ!!」
「あ、バレた」
入るなり叫んだおれに、南が舌を出した。
南が両端を持って広げているバカでかいポスターに写っているのは……
おれ!! おれじゃないか!!
おれがカメラを構えようとしながら、何かをみている。その眼差しは自分でも恥ずかしくなるほど、愛しさに溢れていて……
(これ、確実に浩介のこと見てるよな……)
あちゃーと頭を抱えたくなる。
橘先輩にはしょっちゅう勝手に撮られているので、これがいつ撮られたものなのかもわからない。
「こ、これ何に使うんだ?」
「窓にはるの。第二会議室、昇降口の真上だからかなり目立っていいと思うんだよね~」
「冗談……」
「冗談でこんな大きく印刷してもらうわけないでしょ。いくらかかったと思ってんの」
「…………」
「拒否権は無しだからね。ポスターを何にするかの話し合いの時に、いなかったのが悪いんだから」
それを言われると何もいえません……
「それでね、これだけだと部員が男子しかいないと思われちゃうかなあって、今話してたとこなの」
「あー……まあ、そうだな。ただでさえ、写真部って男子の部活な感じするしな」
うなずくと、南は「でしょー」と嬉しそうに手を合わせ、橘先輩を振り返った。
「だから、真理子ちゃんの写真を先輩に撮っていただかないと……」
「女子の写真なら渋谷妹の写真でいいじゃないか」
橘先輩、ムスッと腕組みをして機嫌が悪そうだ……。
でも、南は全然気にする様子もなく「何言ってるんですか!」と叫んだ。
「冗談やめてくださいよ。渋谷兄・妹でポスターになってたりしたら、親が卒倒しちゃいますよっ」
「そんなの……」
「おれも絶対嫌ですよ。校内で妹と一緒にでかでかと写真が飾られるなんて、何の罰ゲームですか」
自分一人でも嫌なのに、妹と一緒なんて、考えただけでゾッとする。
兄妹で断固拒否をすると、橘先輩は「じゃあ」と肩をすくめた。
「前に渋谷妹が撮った写真があっただろう。あれ、なかなか良かったからあれを使えばいい」
「嫌です」
南がまたあっさり拒否。
「この写真と並べられたら、下手なのバレバレになります。先輩だって分かってるくせに」
「……………」
橘先輩、なんでここまで頑なに真理子ちゃんの撮影を嫌がるんだろう………。
「ちょっと………考えさせてくれ」
先輩はそうボソッと言うと、暗室に入っていってしまった。
しばらく無言で写真を各部ごとのポケットアルバムに入れる作業をしていたのだけれども、
「気分転換! ジュース買いに行こう!」
南が、この雰囲気にたえかねたのか、暗い顔をして一言も言葉を発しない真理子ちゃんを連れて出ていった。
真理子ちゃんもお兄さんにあそこまで拒否されては辛いだろうな………
なんて考えながら一人で作業を続けていたら、
「………渋谷。ちょっといいか?」
真理子ちゃんと同じくらい暗い顔をした橘先輩に手招きされた。
「は、はい」
慌てて手元の写真を一通りまとめてから暗室に入ると、橘先輩は回転椅子に座ってぐるぐる回っていた………
「せ、先輩?」
「………渋谷」
ぴたり、と回転をやめ、おれを見上げた橘先輩。真理子ちゃんとそっくりの澄んだ瞳。その瞳がまっすぐに言ってきた。
「君……真理子の気持ちを知ってるだろう?」
「え………」
真理子ちゃんの気持ちってそれは…………
「先輩……真理子ちゃんの気持ち、気がついてたんですか……?」
「オレもさすがにそこまで鈍感じゃない」
橘先輩は苦笑いを浮かべながら、「いや、違うな」と言葉を継いだ。
「カメラは人の内面を写し出す、と言っただろう? カメラがなければいまだに気がついてなかったかもしれない」
「…………」
「一番はじめに気がついたのは、真理子が中学に上がってからだ。ファインダー越しに見た真理子の目が……」
橘先輩は苦しいかのように、一度目を閉じ、ため息をつきながら、また開いた。
「妹ではなく、女の目をしていた」
「…………」
それは………。
「君も妹がいるから分かるんじゃないか? 君は女の目をした妹を、受け入れられるか?」
「え………」
真剣に問われ、戸惑ってしまう。
もし、南がおれに恋愛感情を抱いていたら? そんなことはありえないけれども……でも、もしそんなことがあったとしたら……
(無理だ)
真理子ちゃん、ごめん、と思いながら本音を確認してしまう。……無理だ。無理だよ……。
「世の中には実の妹を恋愛対象にする奴もいるようだけれども、そんなのはほんの一部の人間であって、たいていの人間はそうではないよな?」
淡々と話し続ける橘先輩。
「大昔から日本では、同父母の兄妹、姉弟の結婚は禁止されてきたからな。そういう感情を抱かないよう遺伝子に組み込まれてるのかもしれないな」
橘先輩の瞳が辛そうに伏せられた。
「中学の時、そのことに気が付いた時には……」
「……………」
「言い方キツいけど………『気持ち悪い』って思った」
キツい…………キツいけど、真実だ。
橘先輩は自分の両手をみながら呟くようにいった。
「でも、オレはズルイ人間だから………妹の真理子のことは手放したくないんだよ」
「え」
妹の真理子ちゃん……
「うちは家族経営の印刷会社でな。両親ともいつも会社で忙しくて……でも、別に寂しくはなかった。おれには真理子がいたから」
「…………」
おれにも覚えのある感情。病弱な妹に掛かりきりの両親。でもおれは寂しくなかった。おれにはいつも椿姉さんがいてくれたから………。
「真理子、かわいいだろ? 小さいころからいつもオレのあとべったりくっついてきて離れなくて……。本当に大切で、オレは絶対にこいつのこと守ってやるんだっていつも思ってた」
愛しくてたまらない、という瞳になった橘先輩……。それって……
でも、橘先輩は軽く首を振った。
「でも、それは妹として、でしかないんだよ。オレの兄としての過度な愛情のかけ方が、真理子のブラコンを拗らせているなら、もうそれはオレの責任なんだけど……」
大きなため息と共に本音が吐き出された。
「カメラはウソをつかないからな。真理子がオレを男として見ているってことを……分かってはいるけど、まだ信じたくないというか……直視したくない」
「………」
「だから真理子のことは撮りたくない」
先輩はキッパリと言いきったあと、小さく付け足した。
「真理子には……妹でいてほしい」
ふいにガタッと物音がした。ドアを開けると、真理子ちゃんを追いかけていく南の後ろ姿が見えた。
「………聞かれたか」
「はい………」
うなずきながら、おれは余計なことと思いつつ、橘先輩を降り仰いだ。
「真理子ちゃん……もう気持ちが誤魔化しきかないところまできてるんです」
先輩には言えないけど、真理子ちゃんはそのうち先輩を酔い潰して襲う気でいるのだ。そんなことになる前に………
「オレの責任とおっしゃるなら………真理子ちゃんのこと、キチンと振ってあげたほうがいいと思います」
「振る!?」
いつも冷静な橘先輩が、ものすごく驚いたように叫んだ。
「振る………そんなこと思いもしなかった……」
「今のままじゃ、真理子ちゃんが可哀想です……って、すみません。余計なお世話なんですけど……」
「いや……」
橘先輩は顎を撫でながら再び回転椅子に座ると、
「ちょっと考えさせてくれ」
「はい………」
またぐるぐる回りだしたので、そっと暗室から出ていく。
窓の外を見てみたら、ちょうど外練から戻ってくるバスケ部の姿が見えた。
(………浩介。いた)
横にいる女子は………荻野か。なんか喋ってる。ああ、くそっ!おれの浩介に馴れ馴れしくすんなっ。
…………って。
『気持ち悪いって思った』
先ほどの橘先輩の言葉が甦ってギクリとなる。
そうだ。おれのこの思いも、真理子ちゃんと一緒だ。大半の人間には受け入れられないもの……奇異の目で見られるもの………
今さら、そんなこと……そんなこと……知ってる………
『気持ち悪いって……』
浩介に気付かれて、そう思われたら……
いや、まさかとは思うんだけど………気付かれはじめてるんだろうか……
最近の浩介の態度、あれは………親友としては近くにいたいけど、それ以外としては遠くに……という表れだったりする……?
今ならまだ間に合うか? おれはただそばにいたいだけなんだ。それ以上は望まない。だから、何としても誤魔化さないと……隠さないと……
「けーいー?」
「!」
愛しい声が聞こえてきて心臓が止まりそうになる。窓の下の浩介がニコニコと手を振っている。
咄嗟に普通の顔を作って振り返す。
「おーお疲れー、荻野もお疲れー」
「やっほー」
荻野も並んでブンブン手を振っている。
いつの日か………こうして浩介が誰かと並び歩く姿を見つめるだけの日々がくるのだろうか………
その時おれは………どうなってしまうんだろう………
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お読みくださりありがとうございました!
ボーイズラブならではの悩み………しかも、作中はまだ1991年なので、今よりも更に一般的ではない時代でした。
続きはまた明後日、よろしくお願いいたします!
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!こんな地味な話にも関わらず、分かってくださる方は分かってくださるんだ………と、本当に心強いです。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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