浩介とキスしてしまってから、三週間がたった。
あれから、おれ達は……何も変わっていない。
変わっていないどころか、文化祭準備がはじまる前に戻った感じだ。準備期間中にギクシャクしてしまったことも、後夜祭でキスしてしまったことも、一切無かったかのように、普通に仲良しのおれ達……。
文化祭後に始まったバスケ部の大会で、珍しくうちの学校が勝ち進んだため、その練習に夢中になっていたのも良かったのかもしれない。顔を合わせればバスケの話とバスケの練習しかしてなかったからな……。
でもそれも、昨日で終わってしまった。
そして今日から、期末テスト一週間前で部活も停止になる。
またいつもみたいに一緒に勉強できるんだ。おれの部屋で、2人きりで。2人きりで………
そう思ったら、なんか鼻血出そうになってきた……
まずいなあ、と思う。せっかくあんなことがあっても『親友』でいられてるんだから、バレないようにしないと……
そんなことを思っていた、月曜日の3時間目。英語。
(かっこいいなあ……)
当てられた浩介が、教科書を読んでいる姿にぽや~と見惚れてしまう。浩介は英語を話すとき、声が少し低くなる。流れるような英語。教科書の文章なのに何かの朗読みたいだ。
指定された段まで読み終えた浩介が座ろうとしたところ、先生に呼び止められた。今日はアメリカ人の先生が特別にきていて、その先生が何か英語で話しかけてきたのだ。
でも、それにも動じず、流暢な英語で返事をしていて、クラスのあちこちで「すげー」「さすが学年一位」と声が聞こえてくる。何だか誇らしい。
外国暮らしの経験があるのか、とか聞かれてるっぽい? いいや。後で聞こう……と?
「?」
最後に先生に何か言われて、ちょっと微妙な顔をして肯いてから席についた浩介。気になる……。
でも、休み時間になった途端、案の定、溝部やら鈴木やらウルサイ連中が浩介のところに飛びついてきてしまった。
「さっきシンディ先生と何話してたんだよ!」
「チュータって何?」
「え、そんなこと言ってたか?」
「言ってたじゃん!」
浩介は困ったように手を振ると、
「大した話してないよ。海外で暮らした経験があるのか?って聞かれたから、旅行には行ったことはあるけど暮らしたことはないって答えて……」
「で、チュータって?」
「家庭教師」
「かてきょー! 桜井君、かてきょーがきてるの?」
「あ、うん……」
「すげー! お前んち、金持ちなんだな!」
「そんなことは……」
「はい!そこまで!」
浩介がどんどん小さくなっていくのを見かねて、パンパンっと手を打つ。
「次、書道室移動!」
「あ、そっか」
わたわたとみんなが散っていくのを見て、浩介がホッとしたように息をついた。
「ごめん、慶。ありがとう……」
「いや。おれ達も行こうぜ?」
言いながら書道の道具を持って教室を出る。
「家庭教師って、外国人?」
「あ、うん、英語はね。幼稚園の頃からイギリス人の先生……父の友人の奥さんなんだけどね。その人が週一で来てて……。だから自分じゃよく分かんないんだけど、おれの発音ってイギリス英語なんだって。あ、今はもう来てもらってないけどね」
「へえ……」
まだまだ知らないことがたくさんだ。
一年半も友達してるのに、まだおれの知らない浩介がたくさんいる。全部知りたいと思ってしまうのは我儘だろうか……
「なあ、最後、何言われたんだ?」
「え?」
「最後、何か言われてお前変な顔してたじゃん。何言われたんだ?」
「……………」
いきなり浩介が立ち止った。あ、聞いちゃまずかったのかな……と戸惑ったおれの顔を、浩介はなぜかマジマジとみると、
「おれ、変な顔してた?」
「してた……と思ったけど、気のせいか?」
「あ……ううん」
大きく大きくため息をついた浩介。「まいったなあ……」とボソッというと、ふっとこちらに向かって手を伸ばしてきた。
「!」
おれの息が止まったことなんか気にせずに、浩介の冷たい指がおれの下唇に触れる。
「普通の顔してたつもりだったけど、慶にはお見通しだね」
「え」
そして、くるっと背を向けまた歩きだした。慌てて後をついていくと、浩介は下を向きながらボソボソと、
「なんかね、小さい頃から家庭教師に習ってたって言ったら、『両親に感謝しなさい』って言われたの」
「…………」
「習いたくて習ってたわけじゃないんだけどね……でも今、英語がわりと得意なのは小さい頃から習ってたおかげだろうし……」
「…………」
「感謝しないといけないんだろうね」
寂しい笑顔を残して浩介は書道室に入っていった。
時々話してくれる言葉の端々から、浩介が両親と上手くいっていないことは感じていたけれども……あんな風に寂しい顔をするのを、おれはどうしてやることもできないんだろうか……。
おれも書道室に入り、自分の席につく。書道は出席番号順なので、浩介はおれの前の席だ。
浩介のうなじのあたりを見ながら、さっき触れられた唇に、自分で触る……
(もしかして……)
こういう風にスキンシップを取るのは外国仕込みなんだろうか……小さい頃から外国人と接していたから、抵抗なく男のおれにもベタベタしてくるんだろうか……
(あのキスも……)
後夜祭でキスしてしまってから3週間経つ。けれども、浩介の態度はまったく変わらない。
(……挨拶代わり、みたいな?)
おれはまだまだ、あの時の唇の感触を思いだすたびに、血が逆流してどうしようもなくなるんだけど……。
浩介にとっては、挨拶みたいなものだったのかな。それとも、何も言ってこないのは、消したい過去、だからかな……。
おれはあれから、お前がおれに触れてくる度に、今までよりも更に思いが強くなっているのに、お前は何事もなかったみたいにおれに触れてくるんだよな……
そうして触れられるたびに、もう一度その唇に触れたいと思ってしまうおれの気持ちなんかお構いなしにお前は……
「慶?」
「!」
何気なく頭におかれたその手を反射的に振りはらってしまった。これ以上、触れられたらもう収拾がつかない。
「慶……?」
「授業はじまるぞ」
なるべく普通の声で答える。浩介も一瞬キョトンとした顔をしたけれどすぐに前に向き直った。
せっかく『親友』を続けられているんだ。この関係を壊したくない。
あの時のキスは、後夜祭の魔法がくれたプレゼントだ。その思い出だけで充分だ。
これ以上、何も望むな。望むな……
その日の帰り、浩介はいつものようにおれの部屋に寄った。
でも一時間もしないうちに帰ってしまった。中間テストの結果があまりよくなかったため、期末テスト期間まで毎日家庭教師をつけられてしまったそうだ。今日は5時間授業だったから寄れたけれど、明日からは6時間が続くので帰りも寄れなくなってしまうという。
せっかく一緒に勉強できると思ってたのにな……
浩介の座っていた座布団に座って、テーブルに突っ伏す。
親友でいれば、ずっと一緒にいられる。だから親友でいい。そう思った気持ちにウソはない。
でも………
知ってしまった。あいつの唇の柔らかさを。想像でしかなかったことが現実に起きてしまった。夢だったと思おう、と思ったって忘れられない。あの柔らかい感触……。
知らなければよかった。知らなければ想像だけですんでいた。知ってしまったから、求めたくなってしまう。もう一度。もう一度、と。
「浩介……」
今日触れられた唇に手をあてる。あの冷たい指に触れられることを体が期待して疼いている。もう、どうしようもない。もう触られるのは……
「限界だな……」
何かで発散しないと爆発しそうだ。
発散……発散……発散……
「よし」
階段を駆け下り、外へ飛びだす。物置からボールを取りだして公園へ。
ちょうど空いていたバスケットゴールにシュートを打ちまくる。
「親友……親友。おれたちは親友……」
でも、ゴールネットにボールが通るたびに、気持ちに反して思いが募っていってしまう。
100本目を打ち終わったところで、ゴールを使いたそうな中学生たちが来たので退散することにした。
「親友……」
親友にこんな邪な目で見られていることを知ったら、いくら呑気なあいつでもショックを受けるだろう。だから何としても隠さなくてはならない。そのためには………
「走るか」
ひたすらダッシュし続けたら、さすがにバテた。
アホだな、おれ………
自分でもよくわかってる。でもどうしようもない。
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お読みくださりありがとうございました。
一途な慶君は、女遊びで発散しようとか、そういうことはまったく思いつきません!
一方の浩介は何を考えているのかというと……という話はまた明後日、よろしくお願いいたします。
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