昨年と同じく、今年も初詣は浩介と二人で鶴岡八幡宮に行った。
昨年は『親友』だったおれ達。
今年は『親友兼恋人』。そう『恋人』……
ああダメだ。ニヤニヤが止まらない。
今年は4日に来たので、3日に来た昨年よりは空いている気はするけれども、それでも人は多い。
「去年、一回はぐれちゃったよね」
「そうそう。それでその後、お前、おれの腕ずっと掴んでて、なんかすげーかわいかったんだよなあ……」
「じゃ、今年も掴んでる~」
浩介がピッタリとおれにくっついてくる。
どうするおれ。正月早々こんなに幸せでいいのか?
「慶、今年の願い事、何にする?」
昨年は「2年生では同じクラスになれますように」ってお願いをして、見事に叶えてもらえた。
今年は、文系と理系でコースがわかれるので、同じクラスは絶対に無理……
「うーん……」
「クラスが違くなっても、たくさん会えますように、とかどう?」
「おお、それいいな」
うんうんうなずいてから、あ、と思いついた。
「委員会同じのやろうぜ」
「あ、そうだね! また体育委員?」
「体育委員は活動がクラスごとだからなあ……。クラスごとじゃない委員会……図書委員とか?」
「図書委員?!」
盛大に吹き出して笑いだした浩介にムッとする。
「なんでそこで笑う」
「だって、図書委員って! 慶、似合わない~」
「なんでだよっこれを期にすっげえ本好きになるかもしんねえぞ!」
「ならないならない」
「うるせえ」
頭を撫でてきた手を上からぎゅーっと押さえつける。
「なんでもいいんだよっ。お前と一緒にいられるならっ」
そう。なんでもいいんだ。ただ、少しでも一緒にいたいだけなんだ。
「…………慶」
浩介の目がうるうるしはじめた。
「そんな嬉しいこと言われたら泣いちゃうよ」
「なんだそりゃ」
今度はおれが吹き出すと、浩介が後ろから抱きつくみたいにおれの肩に手を回してきた。
どうしようもない幸福感に包まれて倒れそうになる。でもなんとか真面目に返す。
「こら、歩きずらい」
「我慢我慢」
「我慢てお前がいうか」
二人でクスクス笑い合う。
『三年生になってもたくさん会えますように』
願い事はそれに決定した。
***
帰りに浩介のうちに寄った。
家の前までは何度か来たことはあるけれど、中に入るのは初めてだ。
詳しくは聞いていないが、浩介は親とうまくいっていないようで、言葉の端々に、親を避けたい、親とおれを関わらせたくない、と思っていることが滲みでている。
今日は、父親は仕事で母親は外出しているから上がっても大丈夫、というので、昔のアルバムを見せてもらうことになったのだ。
「広っ! 天井高っ!」
外から見た予想通り、家の中も広かった。玄関に活けられた花も吹き抜けの玄関に下げられたシャンデリアも飾られた絵も豪華そのもので、金持ちなんだなあ……って感じがする。
でも、何というか……まるでモデルルームみたいに完璧で生活感がなくて寒々しい……
階段をのぼっていき、いくつかある部屋の一番奥が浩介の部屋だった。
入っていき、ちょっと安心する。この中だけは浩介の匂いがしてあたたかい。
「なんか……お前らしい部屋だな」
「そう?」
「本がいっぱいある」
ベットと机と大きな本棚があるだけのシンプルな部屋。その本棚には浩介の世界が詰まっているようで、それを見られることが嬉しい。
「慶の中のおれって本ってイメージ?」
「うん。いつも本読んでる感じがする」
本読んでる時の横顔も好き。なんて恥ずかしいから言わないけど。
「アルバムっておれも見るのすごい久しぶり……」
浩介がテーブルを出してくれ、その上にアルバムを2冊積み上げた。
1冊目は赤ちゃん時代。めちゃめちゃかわいい!
お母さんは常に柔らかい笑顔を浮かべていて、お父さんもほとんど仏頂面ながらも数枚は笑顔じみたものもあって、浩介はこれでもかというくらいニコニコしていて。幸せそうな家族3人の姿が写しだされた写真の数々だ。
でも………三才くらいからだろうか。笑顔がひきつったものに変わってきて、写真の枚数も激減してきて……小学校入学以降はその笑顔すらほとんどなくなった。無表情………瞳に何も写していないかのような無表情……。
そのアルバムを見ている今の浩介も、何を考えているのか分からない無表情だ。見ているのが辛くなってくる。アルバムを見せてほしい、なんて言うんじゃなかったな……。
でも、そんな気持ち、浩介に悟られてはならない。明るく、浩介の腕をバシバシ叩く。
「お前、大人っぽいなー! 小学校入学くらいから今とあんまり変わんねえじゃん」
「そう……かな。あ、この頃だよね。慶に会ったの」
おれ達は、小学校低学年の時に一度だけ会ったことがある。2ヶ月ほど前に姉に指摘されるまでまったく気がつかなかったのだけれども……
「あー、そういやこんな顔してたなお前」
「うそうそ。覚えてないくせに」
クスクス笑いだした浩介の笑顔にホッとする。
「あ、外国だ。これどこ?」
「イギリス。こっちはシンガポール。それでこれが………」
あとは海外旅行の写真ばかりだった。毎年、海外にいっていたらしい。でも、その中の浩介はやはりどれも無表情。何を思っていたんだろう……。
「これ、もう中学生?」
「そう……だね」
大人っぽい。背も高いせいか高校生に見える。
「なんかすげー大人って感じするな。モテただろ?」
「…………」
えいっとつつくと、浩介は苦笑を浮かべた。
「中学、男子校だから」
「あ……そうなんだ」
浩介の小中学校時代に関しては、触れてはいけない感じがして、あまり話題にしたことがない。都内の私立校とは聞いていたけれど、男子校とは知らなかった。どこの学校だったんだろう。何となく聞きずらい……
(あ、卒業アルバム見せてもらえばいいんだ)
思いついたたま言おうとしたのだけれども……
「なあ、卒業アルバム……」
「……ごめん。ないんだ。捨てちゃったから」
「え?」
捨てた?
あっさりと言った浩介の言葉に、驚きで絶句してしまう。卒業アルバムを捨てるって、いったいどうして………
何を言えば……。話変えた方がいいのか? それとも理由を聞いてもいいのか?
迷って、黙ってしまっていたところ、
「……慶」
「え」
ふいにテーブルの下で、浩介の手がおれの手をきゅっと掴んできた。
「浩介?」
「…………おれね」
浩介はうつむいているのでどんな顔をしているのか分からない。でも、繋がれた手から震えが伝わってくる。震えたまま浩介が小さく続けた。
「中学、あまり行ってなくて」
「…………」
「登校拒否ってやつ」
登校拒否………
「だから卒業アルバムもね、個人写真しかなかったの。集合写真にも修学旅行とか行事の写真のところにも載ってないから、だから……」
「そっか」
震える浩介の手を両手で包み込み、強く握りしめる。
「卒業アルバムなんて、卒業式の時見るくらいであとは見ねえからな。別にあってもなくても」
「………」
手を絡めるように繋ぎ直し、空いた方の手で手の甲を撫でてやっていたら、震えがとまってきた。
もっと話を聞いてやりたいという気持ちと、話したくないことを話させてしまったのではないか?という後悔とで、何を言っていいのか分からない……。
「慶」
「………え?」
内面を見透かされたように声をかけられドキッとする。見返すと、浩介の辛そうな瞳があって………
「浩介?」
極力普通の声で呼びかけたけれど、浩介は視線を外し、ボソッと言った。
「………変な話ししてごめんね」
「え」
浩介の手、せっかく止まっていた震えが復活している。
「登校拒否なんてあきれた?」
「え」
「………嫌いになった?」
「…………」
震えてる。震えてる浩介……
震えるな。おれがいるから。おれが守るから………
「ばーか」
たまらなくなって、頭を抱き寄せて、耳元にささやく。
「何があったって嫌いになんかなるわけねえだろ」
「…………」
「一年以上片想いしてたおれをなめんなよ」
「…………」
顔をあげた浩介の涙を唇で拭ってやると、浩介は泣きそうな顔で笑った。
「これから慶のうちにいってもいい? おれも慶のアルバム見たい」
「おお。いいぞ」
「モテモテの慶の写真かあ」
アルバムとテーブルを片付けながら浩介が言ってきたので、ムッとして返す。
「だから前も言ったけど、それどこ情報だよ。別にモテてねえよ」
「だって……」
浩介がちょっとふくれて言う。
「後夜祭の時、初めてキスした時だってさ……」
「なんだよ」
「おれはもちろん初めてだったけど、慶は……」
「……っ」
片付け終わった浩介がおれの前に立ち、指で唇をたどってきたので、血のめぐりが3倍になってどぎまぎしてしまう。
でもそんなこと構わないように、浩介はふくれたまま言い放った。
「慶、初めてじゃなかったでしょ?」
「は!?」
なんでそうなる!?
「だからあのあと何もなかったみたいに……」
「ちょっと待て。それはこっちのセリフだ。お前こそ、何もなかったみたいだったじゃねえかよっ」
「そんなことないよっ。すっごい緊張してたよっ」
「………………そうなのか?」
まだ親友でしかなかった時に、うっかり(うっかり!?)キスしてしまったおれ達。でもそのあともしばらくは何もなかったように過ごしていたんだ。それで、おれはかなり凹んで………
浩介が軽く肩をすくめて言う。
「当たり前でしょ。でも慶は全然普通だったから……。だからやっぱり経験者は違うんだなあって思って」
「待て待てっ。誰が経験者だっ」
「誰がって慶が」
「あほかっ」
軽く蹴りを入れてやる。
「おれだって初めてだったよっ。当たり前だろっ。誰とも付き合ったこともないのに!」
「………そうなの?」
眉を寄せた浩介にコクコクうなずく。
「ホントに?」
「ホントだよっ」
しばらくジーっと見つめあっていたけれど………
「………嬉しい」
浩介がふっと笑った。
「嬉しい。慶の初めての相手がおれで」
「…………」
そっと浩介の手がおれの頬に触れる。
「慶のほっぺはいっつも温かいね」
「…………」
それはお前の手がいつも冷たいからだ。その冷たい手をおれはいつでも温めてやりたい。
「……浩介」
頬に触れられた手を上から手で包み込む。
「慶」
浩介の唇が、おれの額に下りてきた。それから、瞼、頬、そして……
唇に触れるだけのキス。
もう何度もしてるのに、幸せでたまらなくなる。体中が愛しさに占領されて苦しいくらいだ。
「慶」
コツン、とおでこを合わせ、小さく笑い合う。
「慶、おれすごい幸せ」
「ん」
おれも………
お前のことが愛しくてたまらない。
もう一度、唇を合わせた………その時だった。
ガチャーン!と食器の割れたような音が響き渡った。
「え?」
驚いて音のした方を振り返ったところ
「あなた達………何を……何をして……」
浩介のお母さん、だ。
真っ青な顔をして口を押さえている。足元には紅茶のカップの破片が散乱していて……
「………お母さん」
蒼白になった浩介がつぶやいた、のと、同時だった。
「!?」
悲鳴? 何? なんだ!?
なんて言っているか分からないヒステリックな女性の叫び声が、浩介の母親から発せられた。その顔はおそろしく歪んでいて……
(夜叉……)
ゾッとした。まるで夜叉の面だ………
それからは……あっという間だった。
浩介がおれの腕を掴んで、母親の横をすり抜け玄関に向かい……そんな中でも浩介の母親の悲鳴じみた叫び声はずっとずっと続いていて……気がついたら、浩介と二人でおれの家に向かって歩いていた。
「ごめんね。びっくりさせて」
浩介が気まずそうに言う。
「うちの母親、スイッチ入ると止まらなくて……」
「……大丈夫なのか? 出てきちゃって」
「うん……」
慌てていたせいで、いつもは自転車で移動するのに、歩きで出てきてしまった。まあ徒歩でも30分程度だから大した距離ではないが。
「父が帰ってきてから帰りたいんだけど、それまで慶の家にいさせてもらってもいい?」
「もちろん。おれはお前と長く一緒にいられて嬉しい」
わざとふざけて言ったのに、浩介はふにゃっと泣きそうな顔になってしまった。
「慶……」
「なんだ。どうした」
背中をさすってやると、浩介は下を向いたままボソボソと言った。
「もし……おれの母が何か言ってきたり、何かしてきたりしても……」
「?」
何か言ってきたり、してきたり?? ってなんだろう?
首を傾げたおれに気づくこともなく、浩介は暗い声で続けた。
「それでも……おれのこと、嫌わないでくれる?」
「………」
下を向いたままの浩介……
「………だーかーらー」
ビシッと額を弾いてやる。
「さっきも言ったけど、何があったって嫌いになるわけないだろー?」
「でも」
「お前分かってる? おれ、一年以上男のお前に片想いしてたんだぞ? そんじょそこらの片想いとは気合いの入り方違うぞ?」
「……慶」
泣きそうな顔で笑う浩介。そう。笑ってろ。おれがお前を守ってやる。
「だから、安心しろ。何があっても大丈夫だから。お前はおれが守るから」
「……うん」
こっくりと肯いた浩介の頭をなでてやる。
何があっても、おれがお前を守る。あらためて心に強く誓った。
でも、その後、おれの力ではどうすることもできないことがあることを、思い知らされることになる。
翌朝、日曜日。10時ピッタリ。うちの玄関のチャイムが鳴った。
玄関を開けた先に佇んでいたのは、浩介の母親だった。黒々としたオーラが空に立ちのぼっていた。
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お読みくださりありがとうございました!
一昨日投稿した人物紹介に引き続き、本編『将来編』になります。
生まれた時は幸せそのものだった浩介の家族、崩れはじめたきっかけは幼稚園お受験の失敗でした。
浩介と両親との確執はこれからもずっと続き、歩み寄るのは40過ぎてからになります(その話が「あいじょうのかたち」シリーズになります)。
って、暗い話でスミマセン^^;
でも二人はラブラブだから! まだ触れるだけの軽いキスしかしてないような初々しい二人のラブラブだから!
そういうわけで、また明後日(に更新したい)。よろしくお願いいたします!
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