あれ……? おれ今、浩介とキスしてる……?
気がついたら唇が重なっていた。
時間にして3秒……5秒?くらい?
想像していたよりも、もっと柔らかい唇の感触……
「…………」
「…………」
唇が離れて、顔を見合わせる………
浩介、目が丸くなってる。たぶんおれもそう。びっくりし過ぎて………
「あの……」
「慶………」
二人同時に何か言いかけて、同時に黙る。な、なにを、どうすれば………
奇妙な沈黙に二人身動きがとれなくなっていたところ、
『実行委員長渋谷君、副委員長鈴木さん。至急本部まできてください。実行委員長………』
おれを呼ぶ放送が緊張感を破った。
「じゃ、じゃあ、おれ行くな」
「う、うん」
繋いでいた手を離し立ち上がる。
「あ、缶捨てておくよ」
「おお、悪い。サンキュー」
持ちかけた缶をその場に置く。
「あ、慶。おれこのあとバスケ部の打ち上げ……」
「そっか。じゃあ、明日……は、今日の振り替えで休みか」
「うん。また明後日」
「おお」
手をあげてから、本部テントに小走りで向かう。一度振り返ったら、浩介がこちらを見ていたのでまた手を振ると、浩介も手を振り返してくれた。
「………」
下げた手で唇に触れる……
「夢………じゃない……よな」
思わず一人ごちる。でも夢じゃない。あの感触、本当に本当に……
(うわあああああああっ)
耐えきれなくて、その場にしゃがみこんでしまう。
本当に、本当に、本当に……
(キス、しちゃった……)
想像していたよりも、ずっと柔らかくて、震えるほど気持ちがよくて……
(うわああああっ、ど、どうしよう……)
あれはおれか? おれが無理矢理した?
いやいやいやいや。無理矢理はしてない。してないよな?
あれは、どちらからともなくってやつだよな?
おれだけの責任じゃないよな? 違うよな?
浩介どんな顔してた? びっくりしてた……な。びっくりしてただけで、嫌とかそういう顔では……
「渋谷ー何やってんの。具合でも悪い?」
「うわわ」
しゃがみこんでいたところを、ひょいっと脇腹を掴まれ立たされた。
「か、軽々持ち上げないでくださいよ。真弓先輩っ」
実行副委員長の3年の鈴木真弓先輩だ。真弓先輩は肩をすくめると、
「軽くはないね。渋谷、見た目より筋肉ついてるね」
「一応鍛えてるんでっ」
「『恋せよ写真部』のくせに?」
「関係ないじゃないですかっ」
二人で本部の放送席にたどり着くと、放送部の部長さんが時計を見つつおれ達にいった。
「そろそろ時間なので、皆さんから一言ずつ……」
「皆さんはいいよ。委員長だけでいいんじゃない? 長い時間喋ると白けるし」
「そうですね。じゃ、委員長だけで」
「えー……おれもいいですよ」
「よくない。短く締めて」
真弓先輩に無理矢理マイクを持たされる。
音楽の終わりとともに、放送部の女の子の声がはじまる。
『楽しい時間ももう終わりが近づいてきました。ここで文化祭実行委員長の渋谷君から一言……』
促され壇上に上がると、当然のように「恋せよ写真部!」とヤジが飛んでくる。
(ああ、めんどくせー……)
後夜祭だから真面目に締めることもないだろう。ノリだけでいこう。
「文化際も後夜祭も……楽しかったですか?!」
わああっと拍手が起こる。
「カップル成立した人!」
あちこちで冷やかしの声。
それを見渡すフリをして浩介の姿を探す……。いた。
木に背を預けて、ボーっとこちらをみている。
何考えてんだろうなあ……浩介……
そんな思いは腹の中にしまいこんで。興奮気味の生徒達に向かって手を広げる。
「最高の文化祭! 自分たちに拍手!」
そして、拍手と歓声の中、頭をさげる。
「ありがとうございました!」
こうして、文化祭も後夜祭も無事に終了した。
けれども、実行委員にはまだアンケートの集計という仕事が残っている。
翌日の振替休日、本部役員のオレ、真弓先輩、石川さん、ヤス、の4人に加え、アンケート集計の係になっていた文化祭委員の一年生4人で、集計作業のため、生徒会室に集まった。
結構な量のアンケート結果を手分けして集計した結果、我が2年10組は見事飲食部門で2位を獲得していることが分かった。
「これ、一位のお好み焼き屋は、家が本物のお好み焼き屋の奴が、材料とか安価で仕入れて店のソースをそのまま使ったってんだから、旨いし安いし一位になるのは当然だよな。そう考えると、実質一位は渋谷たちのクラスっていってもいいんじゃねーの?」
ヤスがそんな嬉しいことを言ってくれた。みんなに報告するのが楽しみだ。
一覧表をしげしげとみつめていたヤスがボソッと言った。
「ポスター部門……『恋せよ写真部』ブッチギリだな」
「それはもういい……」
『恋せよ写真部』とは、写真部のポスターに書かれていたキャッチコピーで、そのポスターにはおれが浩介を見ているところを隠し撮りされた写真と、真理子ちゃんが失恋して泣いている写真が使われている。
文化祭の最中、かなり目立つところに張られていたため、色々な人に散々冷やかされたのだ。いい加減もう忘れたい……
「『恋せよ』っていっても、渋谷はもう恋してるでしょ?」
「はい?!」
真弓先輩、いきなり直球。バサバサとアンケート用紙をまとめながら、何でもないことのように言う。
「あの『恋せよ写真部』の渋谷って、好きな人のこと見てるとこ撮られたんでしょ?」
「え……」
す、するどいっ。
「そ……そうなの?」
石川さんまで話に食いついてきた。
「渋谷君の好きな人って」
「あの『恋せよ写真部』のもう一人の子だろ?」
「あの泣いてた子ね」
「えええっそうなの?!」
矢継ぎ早の言葉に、「違います」と大きく手を振ってみせる。そうしてから、はっと思いだした。
「あ、そうだ、ヤス、お前、浩介に変なこと吹き込んだだろ」
「変なこと?」
「理想の……」
「はいはいはい」
ヤスは悪びれもせず肯くと、
「あの写真部の女の子が渋谷の理想の女子だって話しな。だってホントのことだろ?」
「それは……」
「え、そうなの?!」
石川さん、まだ食いついてくる。そこへ、真弓先輩がニヤニヤと、
「渋谷の理想の女の子はお姉さんなんでしょ? お姉さんと写真部の子、似てるもんね~。あの写真はあの子のこと見てたとこ撮られたんでしょ?」
「だからそれはー……」
「えええっそうなの?!」
ああ、面倒くせえ……
でも、真弓先輩の追及は止まらない。
「後夜祭、どうした? あの子と手、繋いだ?」
「うそうそうそっ!そうなの渋谷君?!」
「手……」
後夜祭……昨日の夜のことなのに、ずっと前のことのようだ。
オレンジ色の炎を見ながら、おれは……おれ達は……
(うわわわわっ)
思いだすだけで全身の血のめぐりが3倍くらいになる。
繋いでいた手が、触れた唇が、熱くて……
「あ、渋谷が赤くなってきた」
「やだー渋谷君ー」
真弓先輩と石川さんの声にハッと現実に引き戻される。
「やっぱ、あの子と繋いだんだ?」
「え、マジで? 渋谷」
「繋いでません」
キッパリと首を横に振る。
「あの子とは繋いでません」
「あの子『とは』……って」
真弓先輩、石川さん、ヤス、が顔を見合わせてから、わあっと騒ぎはじめた。
「あの子とはってことは他の誰かとは繋いだってこと?!」
「マジで! 誰だよ!」
「うそうそ! 渋谷君、誰なの?!」
ぎゃあぎゃあぎゃあと騒ぐ3人に、耳をふさいでみせる。
誰か、なんて教えない。あれはおれの秘密の宝物だ。
翌日。
浩介と再会するにあたって、おれはあらゆるシチュエーションを考えた。
キスの件を追求してきた場合→「なんか雰囲気に流されたよなっ」と笑い話にする。
よそよそしくなっていた場合→今まで通り接するよう頑張る。
あとは……あとは何かあるだろうか……。
そんなことを悶々と考えながら、教室に入り……
「はよーっす」
近くにいたクラスメートたちが「おはよー」と返してくれるのに「はよーはよー」と返しながら進み……
(浩介、いた!)
ドキンっと心臓が跳ね上がる。窓際、後ろの席の山崎と喋ってる。
そして、おれの姿に気がついて、
「あ、慶。おはよう」
にっこりと笑った。わあ、その笑顔、好き……。血が逆流する……
「アンケート集計お疲れ様。どうだった?」
「お、おう。まだ正式発表はできないけど、2位確定だ」
「わあ。やったね」
浩介、ニコニコしてる……
ニコニコ、ニコニコ……
「ああ、そうだ。実行委員用のアンケート書いたんだけど、慶に渡せばいい?」
「あ、ああ、くれ」
「あ、でも一か所浜野さんにも聞きたいところがあったんだ。ちょっと待ってて」
「おう」
…………。
普通……普通だ。浩介………。
浜野さんと喋っている浩介を見ながら、思わず声が出る。
「……普通だな」
「え?何?」
山崎に問われ、ブンブン首をふる。
「いや、何でもない……」
浩介………
そうか………
こちらに戻ってきて、「はい」と紙を渡してきた浩介を見て、確信する。
(無かったことに、するつもり、だな?)
そういうことだ。あのキスは後夜祭の魔法。現実ではないってことか……
そういうことなんだろ?
「おお、さすが丁寧に書いてあるな。助かる」
「うーん、でも、ちょっと細かく書きすぎちゃったかも。適当にいらないとこは外してもらえる?」
「分かった」
浩介の丁寧で優しい字を指で辿りながら、何度も肯く。
(無かったことに……)
そうだな。そうだよな。
親友を続けたければ、無かったことにするのが一番だ。
あれは、後夜祭の魔法が見せた夢だ。
忘れよう。忘れよう……
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